往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。





寺子屋塾生の学習ふりかえり文をご紹介

 

今日は、一昨年の11月かららくだメソッドの通信学習で学んでいるひとりの塾生(30代女性)が、書いていたふりかえり文章をご紹介します。

 

いままでに、寺子屋塾の学習については、こちらの記事など為末大さんのblog記事「アンラーニング(unlearning)」をご紹介したり、「できない自覚が大事」「爐任る瓩鯡椹悗気覆こ惱」といったことを何度も書いてきました。

やっぱり指導者のわたしが書くよりは、実際に学んでいる人のコトバの方がずっと実感がこもっていて、伝わりやすいように感じています。

 

 

通信学習の場合は、原則として2週間に1回のインターバルで教材をやりとりしているため、隔週の土曜日を教材返送日として設定しています。6月は、10日(土)と24日(土)の2回でした。

 

学習記録表には、通信用と通塾用の2種類があります。通信用も通塾用もいずれも1ヶ月分の学習について、いつ、どのプリントを、どれだけ学習して、結果がどうだったか(かかった時間とミスの数)が記入できるようになっていることは同じですが、冒頭に貼り付けたように、通信用の学習記録表の場合は、右側に必要なプリントの番号と枚数、質問や気づき、学習のふりかえりを記入できるメモ欄があります。

 

以下、6月の1度目返送時にメモ欄に書かれていたふりかえり文です。

 

 

今回は、研修や旅行のときにもプリントをもっていくことを忘れてしまい、ほぼとりくめていない2週間でした。地道にコツコツすすめるというのは難しいですね。

 

5月下旬に職場としている団体で大きなイベントがあり、そのちょっと前から朝早く出かけて夜遅く帰るという生活が続き、プリントに取り組もうとする気力がわきませんでした。それで、結果的にプリントは取り組めなかったんですが、それでも、気力がわかなくてとりくまないという選択ができたのは、わたしにとっては進歩かもしれません。

 

昔ならできない自分をさらすのがはずかしくて、あるいは、できなかったことに対して怒られるのが怖くて、できる日にまとめてプリントにとりくんで、すべての日にやれていたように、うその時間を記入していたかもしれません。

 

はじめてこのプリントにとりくんだときには、ものすごい緊張感がありました。「こんな簡単な問題をまちがえるなんて、はずかしい・・・」という気持ちがあったからだと思います。

 

子どもの頃、丸つけをするとき、とても緊張していたなあということ、まちがえることが怖くて、丸つけのときにこっそり目を盗んで自分の答えをかえてしまったことも不意に思い出しました。別に間違えたからといって、それで人生が終わるわけでもないのに・・「しっかりしないといけない」「できないといけない」等々、わたしをとりまく「〜しないといけない病」は根深いですね。

 

でも、「できる」ということにだんだんこだわらなくなってきたのか、今はプリントにとりくむときや、丸つけのときの緊張感はなくなりました。自分の気持ちに対し、すこしは素直に行動できるようになってきたのかもしれません。(了)

 

 

posted by Akinosuke Inoue 23:42comments(0)trackbacks(0)pookmark





フランツ・カフカ「父への手紙」

 

愛する父上。

最近あなたはぼくに、どうして父親のあなたを怖いなどというのか、その理由を尋ねられましたが、ぼくは、いつものように、なにもお答えできませんでした。

それは、一つには、ほかならぬあなたにたいする恐れからであり、一つには、この恐れの根拠を明らかにするにはあまりにも細目が多すぎて、口頭では、中途半端にしかまとめられそうになかったからです。

いまこうして、書面でお答えしようとしても、やはりきわめて不完全なものにしかならないとおもわれるのは、書くことにおいても、やはりあの恐れとそれに伴う結果が、あなたにたいするぼくの障壁となるからであり、また素材の大きさが、ぼくの記憶、ぼくの知能をはるかに超えているからです。

 

フランツ・カフカ(旧)全集検愿勅砲虜礼準備・父への手紙』(新潮社)より

posted by Akinosuke Inoue 17:29comments(0)trackbacks(0)pookmark





吉本隆明・その秋のために(「転位のための十編」より)

まるい空がきれいに澄んでいる
鳥が散弾のようにぼくのほうへ落下し
いく粒かの不安にかわる
ぼくは拒絶された思想となって
この澄んだ空をかき擾そう
同胞はまだ生活の苦しさのためぼくを容れない
そうしてふたつの腕でわりのあわない困窮をうけとめている
もしぼくがおとずれていけば
異邦の禁制の思想のようにものおじしてむかえる
まるで猥画をとり出すときのようにして
ぼくはなぜぼくの思想をひろげてみせねばならないか
ぼくのあいする同胞とそのみじめな忍従の遺伝よ
きみたちはいつぱいの抹茶をぼくに施せ
ぼくはいくらかのせんべいをふところからとり出し
無言のまま聴こうではないか
この不安な秋がぼくたちに響かせるすべての音を
きみたちはからになった食器のかちあう音をきく
ぼくはいまも廻転している重たい地球のとどろきをきく
それからぼくは訣れよう
ぼくたちのあいだは無事だつたのだ

 

そうしてぼくはいたるところで拒絶されたとおなじだ
破局のまえの苦しさがどんなにぼくたちを結びつけたとしても
ぼくたちの離散はおおく利害に依存している
不安な秋のすきま風がぼくのこころをとおりぬける
ぼくは腕と力とをうごかして糧をかせぐ
ぼくのこころと肉体の消耗所は
とりもなおさず秩序の生産工場だ
この仕事場からみえるあらゆる風と炭煙のゆくえは
ほとんどぼくを不可能な不安のほうへつれてゆく
ここからはにんげんの地平線がみえない
ビルディングやショーウィンドがみえない
おう しかもぼくはなにも夢みはしない

ぼくを気やすい隣人とかんがえている働き人よ
ぼくはきみたちに近親憎悪を感じているのだ
ぼくは秩序の敵であるとおなじにきみたちの敵だ
きみたちはぼくの抗争にうすら嗤いをむくい
疲労したもの腰でドラム缶をころがしている
きみたちの家庭でぼくは馬鹿の標本になり
ピンで留められる
ぼくはきみたちの標本箱のなかで死ぬわけにはいかない
ぼくは同胞のあいだで苦しい孤立をつづける
ぼくのあいする同胞とそのみじめな忍従の遺伝よ
ぼくを温愛でねむらせようとしても無駄だ
きみたちのすべてに肯定をもとめても無駄だ
ぼくは拒絶された思想としてのその意味のために生きよう
うすぐらい秩序の階段を底までくだる
刑罰がおわるところでぼくは睡る
破局の予兆がきっとぼくを起しにくるから

 

posted by Akinosuke Inoue 23:53comments(0)trackbacks(0)pookmark





ヤニス・クセナキスのことば

クセナキス

 


どんな運命にみちびかれているのか、

わたしにはわからない。

わかっているのはただ、

もうすこしで生命をうしなうところだったこと、

何もなしとげることなしにおわったかもしれなかったこと、

これらの試練によってきたえられたこと。

すべてはこれでよかったのだ。


ギリシア人はこうなのだ。

自分が何者かを知ろうとし、

あらゆる種類のすばやく、暴力的な、

時には致命的で、

そのはてに死が待つような行動に

身を投ずる用意がいつもできているのだ。


※ギリシアの作曲家ヤニス・クセナキスのことば

クセナキス『音楽と建築』訳者・高橋悠治さんのあとがきより)
 

高橋悠治さんが演奏するヘルマのビデオ映像がYouTubeにあるので貼り付けておきます。
 
このビデオのソースは、1998年6月にNHK-Eテレ「ETV特集」で放映された
「自由への闘い 作曲家クセナキスの半世紀」
 
曲のタイトル「ヘルマ」はつながりという意味のギリシア語で、
現代数学の集合論をつかって、クセナキスが悠治さんのために1961年に作曲。
 
ビデオの中で悠治さんが演奏しながら曲について解説されていますが、
メロディがあってハーモニーがあるという音楽とはまったく異なり、
ピアノの鍵盤88鍵の音を3つの集合A,B,Cに分け論理演算を施して配置していく構成。
 
少し前に書いた記事で、エピクロスの原子論爛リナメンに触れましたが、
最初はゆっくりと静かに始まり、
まっすぐに落ちていた原子がわずかに逸れて、まわりとぶつかり合い、
徐々にさまざまな動きが起こっていくというイメージ。

 


 
最初のビデオは部分だけなので、全曲聴ける映像もひとつだけ楽譜付きのを。
演奏はMartin von der Heydt というドイツ人のピアニストです。
 

最後のページは、時間にして10秒ほど
楽譜はこんな感じなんですが、その前に4秒ほど沈黙の部分があります。

ヘルマの最終ページ

ここを聞きながら思い浮かぶイメージは大花火大会のフィナーレなんですが、
この曲の一番のクライマックスというか聞かせどころですね。

最後のページで使われている音の配置について、
ベン図はこういう図になります。(こちらのページから拝借しました)

ベン図F

さいごに、クセナキスに関しての最新情報をご紹介。

冒頭に引用したクセナキスの言葉は、
1975年に全音楽譜出版社から出された『音楽と建築』のあとがきにあるんですが、
現在では絶版となっているこの『音楽と建築』が新しい装丁となって、
来月7/12に河出書房新社から、旧版と同じ悠治さんの翻訳(改訳)で出ます。
posted by Akinosuke Inoue 23:55comments(0)trackbacks(0)pookmark





エクスパック500の交換(払戻し)はお早めに!

2017-06-13 14.38.23.jpg

 


写真は2003年4月から2010年3月末まで郵便局で販売された「エクスパック500」で、封筒と切手を兼ねていて、なかなか便利なものでした。
 

 

「でした」っていうことは・・・つまり、これって今はもう使えないんですよ。知ってましたか?

 

わたしも使えなくなっていることをつい最近まで知らなかったんです。(^^;)

 

 

 

郵便局では、このエクスパック廃止後の2010年4月からは、重さについてなどの仕様を変更し、後続商品として「レターパック500」が販売されるようになりました。
 

つまり、エクスパックは小包(第4種郵便物)と同等の扱いで、基本的にモノを送る手段として設けられたものだったので、信書の同封はNGだったんですね。
 
それに対し、レターパックは、封書や手紙の扱い(第1種郵便物)なので、信書に一緒にモノを送るという形となるわけです。
 
重さの上限30kgの表示についてクレームがあったことや、厚さには制限がないので、30kg以上のものを入れることが本当に不可能なのか、鉛を詰めて確かめようとしたこちらのようなマニアックな記事も。笑

 

 

ところで、かなり昔に発行された切手であっても、たとえば5円の料額印面のものであれば、そのまま5円として使えますよね。

 

だから、エクスパックについても、類似商品が継続して販売されていたため、前のも引き続きそのまま使えるんじゃないかっておもいこんでいたんですが、そうではないことを知ったのはつい最近のことでした。
 

 

こちらのページ(マイナビニュース2013.12.3)を見ると、「2015年3月31日で払戻し(交換)も終了」とあります。
 

 

この記事を読んだときには、「わが家にあるエクスパックは、もう使えなくなっちゃったのかな・・」と一瞬おもったんですが、根気よく情報を検索して、この記事の発表のあとに発表された払戻期間延長の記事(マイナビニュース2015.3.25)を見つけて、急いで郵便局へ行って払戻の手続きをしてきたというわけです。
 

 

でも、この記事に書かれているように、郵便事業発行のエクスパックは2019年4月1日以後は払戻し(交換)ができなくなるようで、期間内でも払戻方法を変更することがあるので、お手元に未使用のエクスパック500をお持ちの方がもしいらっしゃったら、早めに郵便局にお持ちになってください。
 

 

ただ、こうした情報自体を知っている郵便局員さんがそれほど多くないようで、事実関係を調べるのに時間がかかって待たされる可能性もあり、急いでいるときにはあまりオススメしません。

小さな郵便局(特定郵便局)だとその確率が高くなるので(わたしは小さな郵便局へ持っていったので30分ほど待たされました(^^;))、可能であれば集荷・配達をその局自体で扱っているような、大きな郵便局(普通郵便局)の窓口に持っていくことをオススメします。

 

レターパック2種類

 

 

ちなみに、レターパック500は対面配達がひとつのウリなんですが、その後に、ポスト配達で厚さに制限のあるレターパック350が追加されて2種類となり、2012年5月にそれぞれ「レターパックプラス」「レターパックライト」と改称され、また2014年4月に消費税5%から8%に改訂された時に、販売価格がそれぞれ510円、360円となりました。
 

 

 

レターパック比較


消費税が変更になる前に販売された、500円と350円のレターパックについては、いずれも10円切手を貼付すれば、そのまま使用することができます。
 
スマートレター

 


さらに2015年には、レターパックの約半分の大きさでリーズナブルな価格の「スマートレター(180円)」も販売されるようになりました。こちらは、レターパックのように追跡サービスはありませんが、厚さ2cm、重さ1kgまで入れられます。

 



 

 

スマートレター仕様

今日は何か、郵便局の回し者のような記事になってしまいましたが(笑)・・・ご参考まで!

posted by Akinosuke Inoue 10:30comments(0)trackbacks(0)pookmark





ドイツの文豪・ゲーテのことば

ゲーテの肖像

 

人は誰でも理解できることしか聞こうとしない。

 

COMMENT:『ファウスト』などの作品で知られるドイツの文豪・ゲーテの名言集より。みんながみんなそうではないとしても、「自分にわかることしか理解しようとしない」姿勢が、コトバを受信する側のデフォルト(標準状態・初期設定)であるというゲーテのこの指摘は、たしかに間違ってはいません。でも、もしもコトバを発信する側の人間が、その標準状態をそのまま迎合し、より判りやすい情報発信に努めようとするだけなら、受信する側はますます受け身になって、いまの自分にわかる範囲だけの行動にとどまり、わかったつもりになる人間を量産するばかりでしょう。私見ですが、ゲーテは、ひとは「自分にわかることしか理解しようとしない」という初期設定を自覚すればこそ、わからないことにも自ら問いを発し、自らのわかる範囲を乗り越えていこうとする姿勢が大事なんだ、と言いたかったのではないでしょうか。

 

posted by Akinosuke Inoue 23:46comments(0)trackbacks(0)pookmark





松岡正剛『編集革命 創造的自己編集の技法』より(その7)

6/20に書いた(その6)の続きです。

●アンバランスな脳が言葉を生んだ

 

さて、このときにたいへん大事なことがおこります。古い脳と新しい脳とのバランスをとるための道具が生まれるのです。これが「言葉」なんです。つまり直立二歩行を急ぎすぎたために、新しい脳と古い脳をブリッジするための道具が必要になり、言葉をつくったということです。精神障害にはさまざまな種類がありますが、どんな障害もつきつめると、いつもこの古い脳と新しい脳の間にある言葉の問題に行きついてしまいます。

 

人間の脳には基本的な情報入力状態があると述べましたが、もともと生物には情報記憶状態はありませんでした。たとえばイヌは昨日のことをおぼえていません。いまおこったことに反応するだけで、昨日という概念はどうしてもわからない。昨日あるいは一昨年などというのは、たいていの生物にとってじゃ必要ではないのです。それでも生物にも「学習能力」というものがあり、いつも本能だけで動いているわけではありません。とくにイヌなどはかなりの学習をしますね。


ところがヒトは学習能力が非常に発達したために、過去というものを記憶の世界、記憶の劇場としてつくりあげてしまいました。その犁憶の劇場瓩紡个靴討錣譴錣譴論嫻い鮖たなければなりません。責任を持たないと自分の犁憶の劇場瓩らの指令が現実化してしまいます。われわれの中には常に奸淫の情というものがあるし、ぜいたくな物への欲望もあるし、相手を痛めつけたいというワニのような残忍な気持ちもあります。しかしそれはバランスの中でコントロールされていて、そのコントロールは往々にして、かなりの部分が言葉によってうまくなされているのです。自分の気持ちや行為、記憶をどう引っ張り出すかという編集は、次の行動や未来を切り開くために非常に重要なことです。言葉の問題と脳の問題というのがきわめて密接な関係になっていると思わざるをえません。


たとえば、歌を言葉に乗せることで自分たちの言葉を定着させ、揺るがないようにすることができます。世界中の古い歌はそのようにしてつくられました。われわれにも思いあたることがあります。たとえば、私は、「叱られて、叱られて」あるいは「かーらーす、なぜ泣くの」という歌い出しを聞くとある一定の感情が湧いてきます。私はすぐ泣いてしまいます(笑)。それは、自分たちの「かーらーす、なぜ泣くの」という言葉に託しているものと自分の古い脳から沸き上がる感情が一直線になっているからです。
しかし一直線になっていない言葉もたくさん潜んでいて、あるいは周辺にもいっぱい溢れていて、それにいま、闘いを挑まれているのです。それらに対して私たちも防衛していないとそのような言葉がどんどん入ってきます。


子どものときから私たちの脳の中には、無防備の状態のまま入った言葉がたくさんあります。汚濁のように入っているでしょう。その言葉を出さないとおもしろい編集などできません。それには言葉を充分コントロールできる狄靴燭幣霾麒埆厳狆讚瓩箸いΔ發里鮑胴獣曚垢詆要があります。(2日目の講義・了)

posted by Akinosuke Inoue 16:18comments(0)trackbacks(0)pookmark





松岡正剛『編集革命 創造的自己編集の技法』より(その6)

6/19に書いた(その5の続きです。

では、ここで簡単なエクササイズをしてみましょう。
みなさんの手元に都はるみの「北の宿から」の歌詞を配りました(笑)。

次に、この歌詞のいくつかの部分が空欄になっているペーパーを配ります。

これに自分で好きな歌詞をあてはめてみてください(図2)。

 

編集革命(図2)_北の宿から歌詞.jpg


できましたか。ついで、新しいペーパーに、今度は丸ごと歌詞をつくってみてください。メロディは「北の宿から」じゃなくてもかまわない。ただし、その場合も、歌ってもらいます(笑)。


どうですか。元の歌詞やメロディが新しい言葉をつくろうと思っても邪魔をしたのではないかと思います。新しい情報入力状態が歌詞を考えようとすると、情報記憶状態が邪魔をして、新しい言葉が浮かばなかったりしますね。

 

なぜこのような状況におかれたか。もっともっとさかのぼって考えていくとどうなるでしょうか。なんと「われわれにはワニとネズミの脳が棲んでいる」という事実につき当たるのです。

というのは脳の構造のことです。古脳と旧脳という脳を残したまま、新しいヒトとしての新皮質をつくってしまったわけです。ヒトがヒトであるためにはこの新皮質が必要です。新皮質は前頭葉と後頭葉などに分かれていて、前頭葉は未来を見たり計画性を描くという非常に大事なところです。しかし、古脳とか旧脳とかは、実はワニの段階であったり、ネズミである段階なのです(図3)。

 

編集革命(図3)_ヒトの脳の新旧.jpg


ワニやネズミの脳が充分に発達してから、ヒトが樹上から草原に降りれば、それらの脳がヒトにつくことはなくて済んだかもしれません。ところがなぜかわれわれの祖先たちはあせって急いでしまったんですね。おそらく天変地異があったのかもしれないし、気候が激変したのかもしれません。あるいは疫病がヒトザルの周辺に流行ったのかもしれません。縄文人はATLウィルスによって激減したのかもしれないとも言われています。ともかくヒトザルは草原に降りて立つようになるとセックス・シンボルが隠され、子宮が小さくなり、その代わりに産み落とされた子どもの脳が大きくなりました。さらにこの大脳皮質の肥大が起こりました。これによって文明がつくられたり、おもしろい人生が歩めたり、まあ、それなりにわれわれにとってプラスになることも多かった。


しかし急いだために、きわめて残忍なワニの脳と、そして狡猾なネズミの脳がわれわれの頭の中にはいまだにあるわけです。そのためつねに大脳の新皮質(理性脳)の方からワニとかネズミの古い脳をうまくコントロールしてやらなければならない。そうでないと私はここでいきなり服を脱ぎ始めたり、女性を抱いてしまったりするかもしれません(笑)。しかしふつうは、講演中におなかがすいてネズミのように食べたいという思いがあっても、まだ話している最中だから我慢しなければと必死で新皮質の方でコントロールしているわけです(笑)。

→続きは(その7)

 

 

posted by Akinosuke Inoue 20:45comments(0)trackbacks(0)pookmark





松岡正剛『編集革命 創造的自己編集の技法』より(その5)

6/18に書いた(その4の続きです。

●ヒトの脳は爬虫類の脳もかかえている

 

もう少し生物学的な見方を続けます。別な視点で眺めてみましょう。
動物を骨格のシステムから見ると、大きく内骨格の系列と外骨格の系列とに分かれます。内骨格系はわれわれ哺乳類が代表です。脊椎動物ですね。内骨格系というのは肉の中に骨があるということです。だから体を包んでいるのは柔らかい皮膚です。一方、外骨格系は昆虫が代表です。外骨格系は体の外側に骨があって、その硬いヨロイで体を包んでいる。そしてその内側に肉がついていて、その間をいろいろな神経系や内臓系が動いている。二つはまったく逆のつくりかたになっているわけです。それぞれ利点はあるけれど、矛盾もでてくる。外骨格系の昆虫は、口でいろいろなものをどんどん摂取していくと消化器が膨れてしまうんです。膨れると神経系を圧迫してしまう。だから昆虫というのは食べ過ぎると必ず胸焼けします(笑)。したがって絶対に大きくならない。大きくならないように外側が骨格になっているという生物の系譜なのです。
生物の体を骨が中にあるか外にあるかという骨のつき方で分けましたが、これでは犒措悪瓩諒類にしかなりません。もっと狷睛騰瓩琶けるにはどうするか。それには情報の編集システムというもので分かれていると考えた方がいい。生物はもともと情報を何とか編集しようとするシステムになっているからです。
たとえば、アリはアリとして必要な情報を自分に入れて、そしてその生態系で生きている。ウマはウマで情報を入手して生きている。アリにはウマの情報は必要ではなく、ウマはアリの情報は必要ではありません。外骨格系の連中はその入ってくる情報が非常に少なくて、しかも出す情報も少なくても充分生きていけるだけの体のサイズになっています。
ところがこうした体のサイズに合わない情報の編集システムを持った生物が出てきてしまったんですね。それが恐竜であり、爬虫類であり、哺乳類、ヒトなのです。恐竜から時代が下がるにつれて内骨格系の情報編集システムがだんだんつくられていきました。その過程を非常に簡単に言うとこうなります。
まずプラナリアみたいなものがいます。体内に何かが入って出ていく。体の中に最初の情報系が生まれるわけです。ミミズは光刺戟を受けて中に情報を受けている。ふつうは神経系が発達します。そして外部に出ている目や触角をつくっていきます。さらにはこの神経系が網目状になっていく。
これを哺乳類はだんだん発展させて、複雑な網目状のニューロン/ネットワーク(神経網)をつくり、てっぺんの脳にコントロール・センターを設置したわけです。
体内にはくまなく神経が入っていますから、私たちは触るとそれがわかる。たとえば足の裏などは非常によくできています。一粒の米でも踏むとそれがわかるようになっています。が、足の裏は地にいつもついていますから、刺戟は常に入ってくるので、それをそのまま感じていては大変です。歩くたびにいちいちハァハァと喘いだりしなくてはなりません(笑)。ふだんはそういうベタ面の情報が入ってもシャットアウトしていて、米粒などの異物が入ると今度は興奮するようになっているわけです。ですから足で歩いている人はいちいち喘いでいませんね(笑)。
ということは、情報の「意味」というものは、情報が入力される状態で、ある程度ちがってくるということです。足の裏から入ってくる情報は、米粒だとわかるけれども、絨毯の刺戟は全体としては感じないようにいつもカットしているのです。情報の入力状態というのをいつもコントロールするようになっているのです。
そして脳ができ上がったので、情報はだんだん脳にストックされるようになってきました。そこで情報は、情報の入力状態とは別に、情報の記憶状態という二つの形態を持つことになったわけです。私たちの情報編集の出発点は、この二つをうまく扱うことから始まります。

→続きは(その6
posted by Akinosuke Inoue 23:23comments(0)trackbacks(0)pookmark





松岡正剛『編集革命 創造的自己編集の技法』より(その4)

6/17に書いた(その3の続きです。

●情報ははたらきに変えられる

 

生物を成立させている4つの貢献の一つに交代がありました。私たちは編集する材料としての情報をエネルギーに変えます。これが大事なしくみなのです。つまり私たちが得ている知識や情報は、図書館のようにストックされるのではなく、いろいろエネルギーに変えられているのです。

編集というのは、情報が単に情報のままにとどまらずに、なにかのエネルギーに変わる手伝いをすることです。エネルギーという言葉がわかりにくければ「はたらき」というふうに考えてもらってもかまいません。

以上、見てきたように、日常的に私たちがやっている編集と生物がやっていることは非常によく似ています。これは考えてみれば当然のことです。われわれの体はいろいろな生物的メカニズムで埋まっているわけですが、その複雑精緻なメカニズムは、結局はわれわれが生きて行くための情報編集を支えているしくみです。われわれはその生物学的な編集のしくみ(エディトリアル・システム)にのっとりながら、その上でいろいろ言葉やイメージを扱っているのですから、編集のルーツが生物にあるのは当然なのです。私たちは編集は新聞社や出版社の仕事だと思いがちですが、それは生物がやっている編集の仕方のごく一部だけが強調されたにすぎないのです。

→続きは(その5

 

posted by Akinosuke Inoue 16:59comments(0)trackbacks(0)pookmark