往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。





教育で人が育つか?

今日は11年前に書いた記事のリライトです。

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ある人(Sさん)がBlogに次のようなことを書かれていました。

私は、教育で育つことはできませんでした。
実社会で揉まれてはじめて成長することができたのです。
だから、「教育が人をつくる」みたいな幻想論に
縛られている人間は、多分、実社会で生きたことのない人間、
実社会から逃げ出した人間なのだろうとそう思いました。


この部分を読みながら、
わたし自身はどのように育ってきたんだろうと考えてみました。

わたしは大学には行かなかったのですが、
わたしも、Sさんと同じく小中高の学校で、
「これで自分は育った、成長した」と思えるような記憶が
残念ながらあまりありません。

わたしの場合に限って言えば、ですが、
学生時代に、学校という場で、自分の人生に大きな影響を与えたと
思えるような人(先生、友人、先輩など)との出逢いは少なく、
そのほとんどが学校以外の場所だったと言っていいとおもいます。

たとえば、わたしが社会に出て仕事をするようになったとき、
学校で学んでおいて良かったとおもえることがほとんど無く、
そうしたことについて、わたしが最初に学んだとおもえるのは、
アルバイトをしていた楽器店の社長Kさんからでした。

とくにKさんは、ピアノ調律師としても、商売人としても一流で、
音楽好き、遊び好きで、ピアノの修理などの技術的なことから、
電話での言葉遣いや社内の先輩への接し方、マージャンの打ち方から
エッチなアダルト本の買い方(笑)まで、
色々なことを教えてもらいました。

また、私が初めて就職したときは、
コンピュータの工場に派遣社員として送られたのですが、
派遣先の上司にあたるTさんから、
書類の書き方、字消し版と消しゴムの使い方から始まって、
仕事の流儀のようなものをしっかりたたき込まれました。

しかし、同じ派遣社員の立場でも、上司になった人によって
随分と扱いが違い、とくにTさんは仕事に対して妥協しない人だったので、
その当時は、厳しく叱られて辛かったこともありましたが、
今となっては、そういう人を上司に与えられたことを
ものすごくラッキーだったと思っています。

その後、進学塾に勤めるようになってからも、
大学も出ておらず、教育については全くのずぶの素人だった私が、
進学塾の専任講師として7年も勤めることができただけでなく、
塾長の片腕として教務主任のポストを与えられたり、
新教室の教室長を任されるまでになれたのは、
上に挙げたKさん、Tさんとの出会いはもちろんのこと、
だれよりも、最初の半年間、「あの先生、何を話しているかわからない」と
わたしに文句を言い続けてくれた子どもたちのお陰でした。

結局学校に行ったか行かなかったか、学校で何を教えられたかではなく、
自分の人生に影響を及ぼすような人や事との出会いがあったかどうか
そして、そのことから自分自身が
何を学んだかが重要なんだとつくづくおもいます。

ところで、ハンガリー出身の経済人類学者マイル・ポランニーは、
物理化学の分野でノーベル賞に値する研究成果が沢山ありながら、
58歳の時に突如として社会科学に研究テーマを転向した人物なんですが、
くわしく知りたい方は、松岡正剛さんの千夜千冊で
『暗黙知の次元』(ちくま文庫)をとりあげた1042夜をどうぞ

ポランニーは、アインシュタインが16才の時に
すでに相対性理論を発見していたことを証明するために、
アインシュタインに直接手紙を送って確かめ、
「その通りだ」という返事を本人から得て話題になった人物でもあります。

ようするに、アインシュタインの相対性理論というのは、
アインシュタインが教育を受けたことで身につけたのではなく、
教育を受ける前から、アインシュタイン自身の中にすでにあったのです。

しかし、特殊相対性理論が発表されたのがアインシュタインが37才のときであり、
一般相対性理論が59才のときですから、
言い換えると、アインシュタインが自分で発見したことを
一般の人たちにわかるような表現方法を学習するために、
多大な時間が必要であった、という風に言えるとおもいます。

栗本慎一郎著「パンツをはいたサル」(現代書館)には
以上の話を例に挙げながら、
「人間の社会の進化は、すべて人間にもともと備わっている
内知(暗黙知)の力によって行われる」
ということを明らかにした
ポランニーの考え方が述べられています。

また、ポランニーは、
科学が人間にもたらした最大のものは、
巨大な生産力やそのことによる公害、人間性の阻害など、
物理的な影響による歪みなどではない。
科学が人間の精神に与えた影響である

と言っています。
つまり、人間が人間自身の精神を信じることが出来なくなり、
人間の存在や思考の外側に絶対的真実や知識が存在するという
誤った考え方を持ってしまったこと自体にある、というわけです。

たとえば、宗教を盲信する姿勢を科学的でないと批判する人は多いのですが、
そういう人に限って、不完全な科学を鵜呑みにし盲信している
傾向があるように感じられるのはわたしだけでしょうか。

もし、外的な、客観的なものの中に真実があるとなれば
「人間は、そうしたもの(正しい道徳、知識、能力?)を
学校において身につけさせ、教育しないといけない」
という考え方が自動的に引き出されてくるわけですが、
こう考えること自体が大きな誤りであるというのです。

この本を初めて読んだのは私が23才の時でしたが、
とても大きなショックを受けました。

その当時のわたしはまだ教育の仕事に就いていない頃で、
実感を伴ったものではありませんでしたが、
「ここにはスゴイことが書いてある」と直感し、
時が経てば経つほどそのスゴさを実感するようになりました。

「教育で人は変えられない。
 教育で人を変えようとしてはならないし、
 知識や能力を身につけさせることが教育ではない。
 教育が人間にとって大切な営みであることには疑いを持たないが、
 だからといって万能ではなく、その限界をしっかり認識すべきである。
 教育でできることは、一人ひとりの人間がもともと持っているものが
 育つための場づくり(=土づくり)であり、
 他でもない教師自身の自己教育と
 絶え間ない意識改革の積み重ねと実践が大切である。
 教師ひとりひとりの意識改革なしに教育改革は起こりえない」


というわたしの教育観の重要なバックボーンの一つとなっています。

また、同じ23歳の頃には、桜沢如一著『永遠の少年』(日本CI協会)という著書に出会い、
次の箇所を読んだときには、心の底から納得していました。


 私は、60年の一生の間、世界中を歩き回り、あらゆる人を見、
 いろいろな本を読み、昔のエライ人々の本をたくさん読み、
 無数の不幸な人々を見、話を聞き、読み、してきた結果、
 幸福な人になり、楽しい、楽しい一生を送るには、幼いころ、 
 随分あこがれた学校とか教育というものが、
 なくてはならないものではないということを発見しました。
 つまり、学校や教育が多くなればなるほど、この世には、
 戦争や、いさかいや、犯罪や、悲劇が多くなっている
 という事実を発見したのです。そして、その学校や教育と、
 人間の不幸というものがどんなつながりがあるのか
 ということを発見したのです。このつながりさえわかれば、
 学校は少しも必要ではないし、あっても、少しも邪魔になるものではないのです。

 


「教育で人が育つか?」
これは教育に関わる者すべてに投げかけられた大きな問いで、
この問いにはさまざまな見解や答え方があるでしょう。

今日ここに書いたわたしの考えも、あくまでそのなかの一つにすぎず、
皆さんに押しつけるつもりは毛頭ありません。

世の中にはきっと、今日わたしが書いたようなことと反対の
「わたしは教育によって育った」という人も
たくさんいらっしゃることでしょうし、
何が正しいかとか、自分の主張の正しさを言いたいわけではないのです。

Sさんがこのところblogに書かれていた記事に
わたしにとって共感できる部分が多かったこともあり、
そのことに触発されて、わたし自身の教育に対する考え方の
根幹の部分を少し書いてみようという気持ちになったまでです。

きっかけをつくって頂いたSさんに感謝します。

 

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何かを新しく学ぶときの心得とは?

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4年前の5月から指導者であるわたし自身もらくだメソッドのプリントをやっているんですが、一昨日は2488枚めでこの調子でいくと7/15には2500枚を数えます。

これが3000枚を超えたとき、またひとつ別の次元にいけるような気がするんですが、果たしてそうなりますか・・・(^^;)


さて、ある人から「新しいことを学ぼうとするときの心得というか、最初に知っておくといいとおもうようなことってありますか?」って問われたので、それにお答えしたときに話した内容をおもいだしながら書いた文がつぎのとおりです。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


・・え? 何かを学ぶときの心得についてですか?
 
たとえば、コップの中に泥水が入っていたとしますね。
そのコップに上からいくらきれいな水を足して入れても、
コップの水はきれいになりませんよね?
 
つまり、新しいことを学ぼうとするときに
障壁となりやすいのはたいてい
わたしは〜ができるとか、

できなかったらどうしようとか、
わたしは〜を知っているとか、知らないとか、
こういうのがイイとかワルいとか、
いわゆる犲我瓩覆鵑任后
 
だから、これから学ぼうっていうときに
一番最初にするといいのは無我になること
・・・つまり、我を抜く練習ですね。
 
いや、自分を無くするんじゃないんです。
自分が無くなっちゃったら学べませんから。笑
 
新しいものを入れようとする前に
コップの中の泥水を捨てるってことは、
自我をちょっと外したところで
物事を見たり考えたりできるように
着脱自在の状態を作れるようにしておくってことです。
 
わたしたちは、日々いろんなことに追われ
アタマの中にイッパイ詰め込んで、
ガンジガラメになってしまっているところがありますよね?
 
そういう状態であれこれ学んでも、
すぐにこぼれ落ちてしまいますから、
アタマの中に「空白」部分を
確保するようにするのが先ではないかと。
 
言い換えれば、自分を「リセット」するというか、
「ニュートラル」な自分がどんな状態であるかを
常に意識できるようにしておくってことですね。
 
寺子屋塾で実践している
だれからも強制されない状態のなかで
算数の計算プリントを1日1枚、
自分で決めてやり続けるってことの意味は、
そういうことなんです。
 
だれもが小学校のときにやった算数ですからね、
大人であれば、ものの5分で終わってしまいますし、
そんな、かんたんだっておもうでしょ?
なにせ、1日は24時間ありますからね、
だれにも時間は平等に与えられているわけですし。
 
それがですね、いざやってみると、できないんですよ、これが。
問題を解いて、丸つけして、記録をつけて、
気づいたことを書きとめてってやっても
ものの30分もかからないことなんですが・・・。
 
どんなに忙しいってったって
できない理由はないはずなんですが、ほんとうにできない・・・。
ホント愕然とするんですよ。(T_T)
 
でも、だからといって
できない言い訳をどんなに重ねたところで
できるようにはなっていかないし、
落ち込んでても仕方ないんですね。

 

自分のおもいどおりに行かないときこそ
人は真価を問われるものですし、
「できない体験」に突き当たったときにこそ、
良し悪しの評価なしに見つづけようとする観察力が問われ、
そういう自分を受け入れられるかどうかが、
「無我」「空白」「リセット」「ニュートラル」ってことに
つながっているんじゃないかっておもうんですよ。
 
こういう馬鹿みたいな、簡単なことをやり続けようとすることで、
いままでまったく気づかなかったようなことに
気づくことが起こったり、見えてきたりするんですが、
こればっかりは、ホントやってみないとわからない世界なんです。
 
たった5分で終わってしまうような
特別難しいわけでもない
だれにでもできるようなことするっていうのは、
ほんとうに小さな、些細なことで、
だれも積極的にやりたくはないでしょうし、
ムダだと感じる方がほとんどだとおもいます。
 
ところが、その些細なことを
いついかなるときもし続けるということをやっていくと、
1枚のプリントを学習することを

日々の生活の中に自分で位置づける必要があるので、
そうした行為がひとつのトリガーとなって、

これから自分がどう生きていけばいいのかというテーマに
直結するような気づきが生まれることもあるんです。
 
つまり、どんなに大きなことも結局は、
日々の些細なことのたくさんの積み重ねによって
成り立っているわけですからね。
 
だから、特別なことをやろうとする前に
目の前のことをまずやる姿勢、
そして、特殊な空間やハレの舞台よりも、
日々のあたりまえの日常の中で
些細なこと積み重ねていくことを大切にしたいし、

それをどこまで大切にできるかってことが、
すくなくとも、わたし自身にとっては、
無視できない大事なチャレンジなんです。

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塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その6)

7/5からこのblogでは、一昨年11月から寺子屋塾で学習している本田信英さんが、3ヶ月毎に書かれているふりかえりの文章を連続投稿の形でご紹介してるんですが、今日の記事は1年6ヶ月のふりかえり文です。

3ヶ月という一定のインターバルをおいて定点観測しているわけですが、各々で記述されている内容のみならず、変化のプロセスを感じていただきたく、このような連続投稿の形にしています。

よって、今回初めてアクセス下さった方は、ぜひ前の5回分を読まれた上で、今日の記事をご覧ください。
 

(その1)3ヶ月をふりかえって
(その2)半年を終えて

(その4)らくだメソッド1年のふりかえり
塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その4)

(その5)らくだメソッド1年3ヶ月を経て
塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その5)

 

 




 

らくだメソッド16ヶ月を経て   本田 信英  2017/05/27
 

 

ついに念願の高校数学に入った。


高校数学をほぼやっていないと言っても過言ではない私にとっては未知の領域に入ったとも言える。ただ、ここにたどり着くまでに受難の道があった。


それは記録を見返してみてもわかる。
プリントを始めてからずっと撮り続けてきた毎日の記録が3月で1度途絶えている。


当時はひたすらに忙しく、また精神的な余裕がなかったためにプリントが週に1回しかできないという日が当たり前のように続いていた。4月の終わり頃から5月にかけてでようやくリズムを取り戻してきているのが現状だ。


進捗としてはかなり悪いと言わざるを得ないけれど、亀のように鈍くても前に進んでいるということは紛れもない事実で、高校の単元に入ったことが証明している。
そして、実はこのできなくなった時期が自分にとってとても意味のあるものだった。


最近、久々に会う人にことごとく「雰囲気が変わったね」と言われる。
久々と言っても、半年から1年程度の期間だ。劇的な変化が起こるものではないかもしれない。けれど、外から見ると明らかにわかるほどの変化が起こっているらしい。


「できなくなること」そのものはただの事実でしかない。
大事なのは、自らに大きな変化が起こっているということだ。
もう起こってしまっている。「これから」でも「かつて」でもない。「今」起こっている。
内因・外因はわからないけれど、昨日までの延長線上で臨もうとするとたちゆかなくなってしまった。
見ないふりをしようとしても、空白という形で用紙に記録されてしまう。
逃げても追ってくる現状に対して、一体どういうアプローチをしていくのか(あるいはアプローチをしないのか)。


流れの変わった川の中では、同じ場所に居続けるためにも泳ぎ方を変えなくてはいけない。
例えば、増水して流れが速くなっているならば、少し頑張って泳がなくてはあれよあれよと下流にながされてしまう。


その時、有無を言わさず変容を迫られるだろう。
今回私の場合は大きな変化ではあったけれど、人と場合によって、それは些細な変化かもしれない。でも間違いのない変化だ。


それにしても不思議だ。
2017年5月に入って2日以上空けることなく取り組めるようになり、個人記録も復活したのに、「できること」に気持ち悪さを感じている自分がいる。


なんで私はできるようになったのだろう?
これは現実逃避の手段と化してないだろうか?


そんな疑念が脳裏をよぎる。


もう気づく前には戻れない。
でも戻りたいかと尋ねられると、別にいいかな、と身体が答える。
ほのかな郷愁と現状への充足を天秤にかけてみると、どちらに傾くかは目に見えている。(了)

 



本田さんが、ちょうど真ん中ぐらいのところで、「できなくなることそのものはただの事実でしかない」と、自分自身の変化と対比させながら書かれているんですが、この辺りが今回のふりかえり文の焦点だとおもいました。


わたしたちは、事実を自分で解釈し、その解釈に一喜一憂してしまうところがありますよね。

たとえば、「自分にとって大事な人が突然亡くなってしまった」というように、何かの出来事に直面して苦しい思いをしたとしましょう。

でも、その苦しみは、事実そのものからもたらされたというよりは、「死とは苦しいものである」とか「死とは恐ろしいものである」という、その出来事が引き金となって自分が生み出した「観念」「妄想」「意味づけ」に苦しんでいるわけで、事実でない「観念」をあたかも事実として存在しているかのようにおもいこんでいるわけです。

もちろん、わたしたちは、「観念」「妄想」「意味づけ」ができるからこそ人間なのであって、観念や妄想を持つこと自体を止めることはできません。

人が心を病むのもこの「意味づけ」によるものですが、人生をより有意義なものにしようとしたり、幸せを感じるのもまた「意味づけ」によるわけですから。


現実の状況は常に変化し続けていて、変わらないものなど世の中にありません。よって、好ましいと感じる「事実」に執着し、好ましくないと感じる「事実」は遠ざけたくなります。

その「意味づけ」を必要以上に肥大化させてしまうと、「事実」と「観念」を混同し、「意味づけられたもの」に翻弄される人生を送ってしまうことにもなりかねないわけです。

では、どうすれば、そうならずにすむのか、ここまで読んでこられた皆さんにはすぐにわかりますよね。
 

そう、「事実」から目をそらさず「事実」としてありのままを見る。そして、「事実」と「観念」を混同しないで、現実に具体的に対処していこうとする姿勢さえ失わなければ、物事を先に進めていけるし、自分自身をも変化、成長させていけるようにおもうわけです。

また、「できることに気持ち悪さを感じている自分がいる」とか「できることが現実逃避の手段と化していないか」といった表現は、この1年半にわたって学習を積み重ねてきている本田さんだからこそ書ける言葉だとはおもいますが、それもひとつの「観念」であるわけで、このことに気づいてしまったならば、観念に苦しめられていたあの頃に戻りたいとはおもえないでしょうから。

目先のいろいろなできごとに翻弄されないためにも、自分自身を固定化させずにつねに変化し得る動的な存在だと認識し、時間軸の幅を広くとって対処していこうとする姿勢が大事だということを改めておもいました。

 


現時点で書かれている3ヶ月毎のふりかえり文は、今日で最終回となります。今回の1年半のふりかえり文まで6回を通して読まれて、皆さんはどんなことを感じられたでしょうか?

これから先のことはわかりませんが、8月半ばを過ぎたぐらいのタイミングで、おそらく「1年9ヶ月を終えて」という文を書かれるでしょうから、またこのblogでご紹介しますね。おたのしみに〜 (^^)/

 

 

 

 

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塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その5)

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7/5からこのblogでは、一昨年11月から寺子屋塾で学習している本田信英さんが、3ヶ月毎に書かれているふりかえりの文章を連続投稿の形でご紹介しています。

よって、今回このページを初めてアクセス下さった方は、ぜひ前の4回分を読まれてから今日の記事をご覧ください。

(その1)3ヶ月をふりかえって
(その2)半年を終えて

(その4)らくだメソッド1年のふりかえり
塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その4)

 

 


・・・ということで、今日の記事は5回目で、1年3ヶ月のふりかえり文です。



らくだメソッド1年3ヶ月を経て    本田 信英

 


また、3ヶ月が過ぎた。

 

3ヶ月前中学三年生のプリントをやっていて、未だに三年生のプリントをやっている。 後半に行くに従って難しくなり、足踏みをすることが多くなってきた。

 

私の学力はこの辺りで止まっていたのだと実感している。

自分の中で学びが多いのは、きっと今の自分のギリギリの学力範囲をやっているからだ。できるかできないか、毎回毎回わからない。その時に人は頭をフル回転させるのかもしれない。そしてそれは喜びであり、楽しさなのだ。

 

そう、楽しさ。

プリントに取り組むのがこれまでになく楽しい。
毎日のように新しい発見がある。しかも、それは私にとっては結構大きな発見だ。 止まっていた時が今、動き出している。遅くても一歩一歩前に進む。そんなことを思う。

 

最近、大発見をした。

 

”1/19 中3-35(12分)12:13 ミス1
理解の幅がだいぶ深まって来た。一度、35で具体例を学んだ36、37で公式へと抽象化して理解することで35をやる時に混乱することが全くなくなった。具体→抽象→具体を何度も流して対流させることが大事なんだ!”


プリントをやってから毎回感じたことの記録を取っている。太字にしたことだ。

二次関数の公式は中学時代に確実に習っていたはずだ。でも、私は完全平等式のことをすっかり記憶から忘れていた。それは意味が全くわかっていなかったからだと思う。

 

問題を解くための道具をありがたがって、使っていただけだ。だから記憶から抹消されてしまった。けれど、具体的な問題から抽象的な記号式にされた時に、すごくよくわかった。腑に落ちた瞬間だった。

 

抽象的に考えることの大事さ。それは色んなものに応用できるということだけでなく、計算を単純にするのだ。抽象的な思考をすることで、近道を作る。

例えば、S字のカーブがあったとする。私達はありがたがってその道に沿って進もうとする。けれど、S字を縦に貫く道筋を作ってしまえば、一気に時間短縮だ。もちろんたった一回しか通らないならば、いちいち抽象思考する必要性もないけれど、何度も通る道ならば、それは作った方が絶対に楽だ。

 

そして、改めて不自由を感じることも必要だと感じる。だってS字を通るのが不便だと思うからこそ頭を働かせようとするのだ。そこに不満と違和感を覚えない人間は何年経っても同じことを続けるのだ。

 

できないことは大切なこと。その意味をまた1つ深い次元で知れた気がする。広げていくことよりも深めることに今は興味が向いているのかもしれない。(2017.3.22)



1年3ヶ月が経過し、本田さんが前回とまったく違う場面に遭遇していることがわかりますね。

今回のふりかえり文のポイントは2つあるようにおもったんですが、1つめは自ら壁を乗り越えることで得られる楽しさであり、2つめは抽象思考の大事さです。
 
1つめのポイントをわかっていただくためには、らくだメソッドは、個別学習、個別対応を基本にしているので、それぞれに異なるペースで学習しているということを前提にして考える必要があります。
つまり、自分の課題をみつけて、急がず自分のペースでやればいいので、良し悪しを考えたり、人と比較したりする必要が無く、落ちこぼれるということがありません。
よって、いままで習ったことがないような、どんなに難しい問題に遭遇しても、それをどのように乗り越えればいいのか、自分でいろいろ工夫をしながら、まわりの人と相談しながら、やっていけばいいのです。
 
「人から教わらないとできない、習ったことがないことはできない」というふうにおもっている人がすくなくありません。
でも、生まれて間もない赤ちゃんの成長していくようすを見ていればわかりますが、それは実はおもいこみというか、後になってから・・・とくに、学校へ行くようになった後に獲得した観念にすぎないとかんがえるのが妥当でしょう。
壁を自力で乗り越える体験を積み重ねていけば、だんだん見通しが立つようになってきますし、そういうことが結果的に学ぶ喜びや楽しさにつながるのではないかと。
 
2つめについては、ファシリテーションを学ぶということとの関連性も含め、わたしもここ2年ほどの間に、本当に重要なことだと改めて認識するようになりました。
ここでこの論を詳しく展開する時間はありませんが、たぶん皆さん、ファシリテーションと算数の計算がつながっているなんて話は、あんまり聞いたことがないとおもうんですね。
爛侫.轡螢董璽轡腑鶚瓩箸いΩ斥佞世韻くと、何となくふわっとした感じで、文系のイメージを持たれる方がすくなくありません。
でも、ファシリテーターとして活躍されている方、ファシリテーションを学びの場づくりに関わっている方は、案外理系の方の比率が非常に高いんです。たとえば、わたしの身近で思い浮かぶ人で、かつてわたしのアシスタントをしてくれたこともあったOさんは高専の出身でしたし、Sさんは数学の先生だし、Kさんはデザイン事務所の代表、Mさんは、大学は建築系の工学部出身・・・
つまり、具象化と抽象化———これは文系と理系とか、アナログとデジタルというふうに言い換えることもできるとおもうのですが———そのどちらか一方だけに偏らない両方の視点をもっているだけでなく、その両軸をできるだけ広く往復しようとする発想が必要だということではないかと。
理系といえども、結局は小学校の算数の計算や中学校の数学的思考が土台です。
もちろん、あくまで仮説レベルの話ではありますが、小中学校の算数・数学について、単にやり方を知っているレベルにとどまることなく、自在に使いこなせるレベルまでしっかり学ぶことは、デジタル発想や抽象化という部分において、驚くほどの威力を発揮するんじゃないか・・・ということで、これ以上掘っていくとキリが無くなりそうなので、このあたりで。(^^;)

 

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塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その4)

一昨年11月から寺子屋塾で学習を開始された本田信英さんは3ヶ月毎に学習をふりかえって文章を書かれているんですが、7/5から連続投稿の形でその文章をご紹介しています。
このページを初めてアクセス下さった方は、ぜひ前の3回分を読まれてから今日の記事をご覧ください。

(その1)3ヶ月をふりかえって
(その2)半年をふりかえって

 

・・・ということで、今日は1年間のふりかえり文です。

 

 

らくだメソッド1年の振り返り   本田 信英 2016/11/07

らくだメソッドを始めて、1年が経過した。長かったような、短かったような奇妙な感慨を抱いている。

始めた時から、ずっと記録を取っていて最初の記録を見たら2015年11月17日だった。
読み返してみると、なぜかビクビクしている自分の姿が脳裏に浮かんだ。

1枚1枚をやるたびに、自分が目をそらしてきたものが明らかになるようで、あるいは覆っていた表皮が剥がされるような感覚があって恐れていたのだろう。記録の端々に「不安」という言葉が散らばっている。
肩肘張って、張り詰めた余裕のない文だ。

それに比べて最近の記録は、どこか客観的な視点から自分を見つめているような文章になっている。プリントをやる中で浮かび上がってくる感情と自分を切り離して、それを弄ぶように味わっている。同じ人間が書いているとはなかなか思えない。

それだけの変化が起こっているのだろう。

思えば、遠くまで来たものだ。
内容もわからないままに直感に従って、井上さんに初めて会った翌週にはもう体験を始めていた。がむしゃらにのめり込んで毎日やることで自尊心を満たしていた時期もあったし、1週間まるまるできなくなって平然としている時期もあった。
1つだけわかるのは、間違いなく肩の力は抜けてきている。

「こうでなければ」と自分で縛った鎖はだいぶほどけてきた。
色んなことに諦めがつくようになって、そしてそこからがスタートだと思えるようになった。

希望に満ち溢れているわけでなければ、絶望に暮れるのでもない。
事実を把握して、事実へと取り組んでいく。

淡々とやる。
そのことの意味が実感としてようやくわかってきたのかもしれない。

記録をとり、振り返りをする。
この枠組みは今の私の生活にとってなくてはならないものになった。

ヨガや日記、インタビューゲームに至るまで様々な記録を取るようになった。記録の取りすぎて時間が足りなくなるくらいだ。けれど、そのおかげでより一層の気づきが私の中に芽生えるようになってきた。

「自分の変化をわかった気になる」ことと「自分の変化がわかる」ということの間に隔絶された高い壁があることを今ならばわかる。
自分の頭の中で理解する変化なんて幻想でしかなくて、事実から常に変化を見ていかなくてはいけない。体験のない実感なんてないのだ。

私はこのラクダメソッドをいつまで続けるのだろう?
最近、そんなことを思うようになってきた。
少なくとも高校全てが終わるまでは続くのだろう。そしてそれを終えた時に、私はどのようにプリント向き合おうとするのだろう?
全てを終えた時の自分がどんな選択をするのか楽しみだ。 (了)


現在、本田さんは高校教材の高校数汽譽戰襪涼姥機癖源式の計算、因数分解)を学習されています。

高校教材は200枚以上あり、そのすべてが終了するまでにはまだちょっと時間がかかりそうなんですが、この先の本田さんにどんな変化が待っているか、また、高校教材が終了されたときにわたしが彼にどんな提案をするか、わたし自身もたのしみにおもっています。
本田さんはblog猜僂錣襪なで「5分で日記を書く」ことを実践されていますし、また、本田さんが主宰されているオンラインヨガの活動についてはこちらのblogをご覧下さい。
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塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その3)

7/5から塾生の本田信英さんが3ヶ月毎に書いているふりかえりの文章をご紹介しています。
 
(その1)3ヶ月をふりかえって
(その2)半年をふりかえって
ということで、今日は(その3)として9ヶ月のふりかえり文をご紹介します。
 
らくだメソッド9ヶ月を終えて     本田信英
 
今、私はかつてないほどにできない状態に陥っている。

三日連続でできない日も珍しくない。
始めた頃でもこんなにできないことなんてなかった。やっていないなと思いながら時が過ぎ、気づけば日を跨いでいる。疲れて寝てしまっても、23:30には目覚めて、プリントへと向かっていた日々が嘘のようだ。けれど、できないことが苦痛ではない。

始めた頃はできない日が苦痛で仕方なかった。
記録表の空白が自分の怠惰を物語っているような気がしたからだ。空白に苛まれて、後悔から逃れるために駆り立てられるようにプリントへと向かった。
けれど、今はそうは思わない。今日もできなかったな。そうやって事実を事実として受け入れている。

やろうとしながらもできないことは反省の気持ちは浮かんでくるけれど、それ以上の感情は浮かんでこない。
ともすれば、それはプリントへのモチベーションを失っているのかもしれない。
しかし、そもそもラクダメソッド自体がやる気でどうこうするものではないのだ。やったら「やったこと」から学べばよくて、できなかったら「できなかったこと」から学べばいいのだ。あらゆることから学びを得る。それこそが本当の学びなのだ。

とはいえ、約150日続けることが途切れたことがやらない日を増やしていることにはかわりない。

できなくなったことで私は確実に自由になった。
続けることが目的であった時、確かに自己効力感は湧いてきたけれど、同時にそこに依存している自分もいたことを否定できない。「これだけ続けられているんだから、自分は凄いんだ」と自分に暗示をかけるようにして、過ごしていた。
連続記録が途切れた時に、ほっとした自分がいた。
ああ、これで肩の荷が下りる。つまりは私は緊張しながら毎日プリントをやっていたのだ。

今の状態は私にとってどんな時期なのだろう?
そんな風に自問してみると、「振り返り」の時期だと思っている。
これまで自分が辿って来た足跡をじっと見つめ直してみる。

3ヶ月の時から、テニスの壁打ちに例えてきた。
成長ばかりの段階から、緩やかな成長を経て、今は休息の時だ。
上手くなりたいからといって、闇雲に取り組めばいいのかといえば、そうではない。必要以上の疲労は身体を痛めるだけでなくフォームを崩してしまう。休憩することで、少し距離感を置き、内省を深める時間なのだ。

けれど、あくまでも止めるわけじゃない。この休息にも意味はあるのだ。
できないことを悪いことではなく、できないことを無駄だと捉えることこそが悪だと、今の私は考えている。(了)


9ヶ月には、3ヶ月のとき、半年のときとまた異なった状況が立ち現れていますね。

プリントが続いていることは、あくまで結果にすぎず、続けることが主目的になってしまうと本末転倒であることに気づいて、できない状態の自分自身を受け入れつつ、「自分自身と少し距離を置き、いまは内省を深めるタイミング」とふりかえっているところがとりわけ興味深く読めました。
 
まわりの状況はつねに変化し続けているわけですが、その中で自分も変化していますから、そうした中でまわりと自分をどう折り合いをつけるかについては、先入観をはずして観察し続ける姿勢が大切ですね。
明日は1年間のふりかえり文をご紹介します。
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塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その2)

昨日の記事では、塾生の本田信英さんの3ヶ月のふりかえりを再度ご紹介してコメント書いたんですが、今日はその続きで、半年後のふりかえり文です。
 

塾生の本田信英さんの半年間のふりかえりは、過去にも2016.6.22の記事で書いた
でもご紹介しましたが、再度以下に引用しておきます。



 

らくだメソッド(以下ラクダ)を始めて半年が過ぎた。
今、私は3ヶ月目の時とはまた違った状態にいる。
3ヶ月目までは「自分に気づく」ためのプロセスだった。今まで意識的あるいは無意識的に見ないようにしていたことがラクダを通して炙り出すような時間だったと思う。
それはまっさらな金脈で砂金を見つけ出すような行為だった。次から次へと発見があり、その作業はどちらかといえば楽しかった。「知っている」と思っていた私自身の知らない一面をどんどん知ることができたからだ。時には嫌なものも出てきたけれど、それは探索と発見のプロセスはとても愉快だった。

そして半年が過ぎた今、別の過程に移り変わってきたように感じる。
すなわち、「自分と向き合う」プロセスだ。浮き彫りになった自分に気づいた。
ただそれだけではどうも前に進めないぞ、ということが朧ろげながらわかってきた。
気づいた以上はもはや、そのまま眼を逸らすことはできない。出先で自分の寝癖に気づくと、もうそのままにしておくのは辛いようなものだ。
けれど直そうと意気込んだらいきなり変わるものでもない。
なぜなら、それは自分が生きてきた年月だけ身体に染み込んだものだから。ちょっとやそっと染み抜きを使ったくらいでどうにかなるものでもない。

そこで初めて直面した。自分を変えることの難しさに。
こうしよう、と頭では思っていても身体は慣れ親しんだ方向へと動いてしまう。手ぐしではなかなか寝癖が直らないように、思い通りにならないのが歯がゆい。
自分の「出来なさ」と相対することが以前はそれほど辛くなかったけれど、今は少し辛く感じる。
そこにどんな違いがあるのだろうか?
自らに問いかけてみると、沈黙の後にポツポツと言葉が返ってくる。自分ができないことが当たり前ではなくなってきているのだ。だから「できないこと」が余計に際立って迫ってくる。
それは自分が前進している証だとわかっていても苦しい。

自分の嫌な面がどうにもならないことに苛立ちすら感じる。
3か月の時点での振り返りで、テニスの壁打ちの例を出したけれど、やはり練習すれば最初は上手くなる。伸び代ばかりだからだ。けれど、ある程度習熟してきた時に、一旦壁にぶつかる。成長自体は続いているのだけど、それは最初に比べればかなり緩やかになってしまっているからだ。
ともすれば、成長していないのではないかと不安がもたげる。
あらぬ方向にボールが飛ぶことはほとんどなくなった。けれど、逆にどれだけやってもスイートスポット(中心)から少しずつずれてしまう。そのズレに意識が向き始めると、もどかしさ歯がゆさが湧き上がってくる。たまにミスをして、とんでもない方向に飛んでいけば、ことさら疲労感がのしかかってくる。
それでもなお続けるということは一体どういうことなのだろうか?
止めてしまえばいいのに、夜遅くとも、疲れていようとも、私を机に向かわせるのはなんなのか?
そんな疑問を抱えながら毎日プリントへと向かっている。

そうして壁打ちを重ねていくと、だんだんそんなモヤモヤもどうでも良くなってくる瞬間がある。
考え疲れて、悩み疲れて半ば投げやりな気分で力が抜けてくる。
すると壁打ちの回数を数えることから、いかにペースを、すなわち自分自身を保つことができるかに意識が向き始める。つまり、いつまででも続けられると確信できる心身の状態があって、いかにそれを持続できるかが焦点になってくる。
「壁打ち」という行動をしていたはずなのに、その動作から抜け出して、いつの間にか自分との対話になっているのだ。
ただ、少しでも「良い状態だな」と自分で自覚した、その次の瞬間には慢心が生じて、安定した状態は崩壊してしまう。生き物として、常に変化し続けている人間がペースをキープし続けることがいかに難しいかを思い知らされている。
今はそんな状態だ。

私は自分の求めていた「明確なゴール」がないことに、朧げながら気づいてしまった。
それは井上さんとの会話の中でも既に知っていたことだけれど、実感した。
今は中学生のプリントをやっていて、このまま高校までのプリントを終えたとして、それでおしまいなのかと言われれば終わりはないのだ。
すなわち、100回やってミスしなくなっても1000回やったらミスが出てくる。1000回やってミスがなくても10000回やったらミスが出る。人間はパソコンではないから完璧にこなすことはできない。
つまり、どこにも終わりがないのだ。ただ、いつでも終わらせることはできる。
 
それは生きることと同じだったりする。
だから私は今、このラクダを通して、どうやって生きていくのかを考えているのだろう。
正直、なぜ毎日続けられているのが自分でも不思議なのだけど、きっとそういうことなのだと折り合いをつけている。(2016.6.1)

 

 

 

 

 


本田さん自身が、3ヶ月経ったときと比較しながら書いているので、とてもわかりやすいんですが、最初の頃の自分の変化といまの自分の変化とが違っていることなど、3ヶ月経った時点で見えていたこととは違うところに自分がいま来ているんだというところが、具体的にくわしく書かれていますね。


そういう意味で、その時々の爐い泙亮分瓩鬚海里茲Δ暴颪残しておくということは、とても大事だとおもいます。

とりわけ興味深かったのは、自分と向き合うことの面白さと歯がゆさの両面に触れながら、「疲労感を自覚しながらやり続けている自分、机に向かおうとしている自分はいったい何なのか? いったい何がそうさせているのか」と猝笋き畭海韻討い襪海箸筺◆屬海粒惱には終わりがないが、いつでも自分の意志で終わらせることができる」ことに触れ、「らくだの学習は、生きることと同じだ」と表現されているところですね。

さて、明日はこの3ヶ月後に書かれた9ヶ月のふりかえり文をご紹介します。
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塾生が3ヶ月毎に書いているふりかえり文章をご紹介(その1)

寺子屋塾は、犇気┐覆ざ軌薛瓩魎波弔箸靴討い泙后

この犇気┐覆ざ軌薛瓩瞭団Г里劼箸弔蓮▲▲織泙鮹辰┐襪海箸茲蠅癲▲ラダからアプローチする体験学習を大事にしているということです。

そして、体験学習において大事なことのひとつは、適切なタイミング、適切なインターバルでその体験が自分にとってどうだったかをふりかえることです。

ただし、学習すべき課題は個別に異なりますし、寺子屋塾では、自分で決めて自分でやる姿勢を大事にしているので、どのタイミングでどのようにふりかえるかについても、各々に任せていて強制的ではなく、一律にやり方を定めているわけではありません。

たとえば、一昨年11月に入塾された本田信英さんは、これまで3ヶ月毎にふりかえりの文章を書いてきました。

よって、いま私の手元には、3ヶ月、半年、9ヶ月、1年、1年3ヶ月、1年半のタイミングで書かれた6種類のふりかえりの文章があるわけです。
 

また、毎日1枚1枚のプリントをやったあとにも、その気づきを書きとめるということも続けていました・・・と過去形で書いているのは、昨年の秋以後は、その文章を見せてもらっていないためで、また、確認してご紹介しますが、たとえば、学習を始められた頃は
こんな感じでした。
 
11/26 小3-23,24
3-22をやるはずがなぜか23と24をやっていた。やる前に今日やるのは22と23だと先に書いたにも関わらずそのミスをやらかしたのが衝撃。いかに自分が適当で1つ1つの動作に注意を払っていないかを思い知らされた。23--ミスの仕方が同じだと気づく。前の計算に引きずられて余りをミス。切り替え云々よりもそもそも人間の認知能力に境界線がないことに起因するのか。でも、じゃあ他の同じような問題がある中でなぜその問題だけを間違えたのかはわからない。24--(22)の問題で26の上に6を書いた瞬間に「あれ?」と感じる。同じ数字が並ぶと間違っているのではないかという不安を覚える不思議。

11/27 小3-22 ,25
小音でモーツァルトかけながらやった。そのせいかわからないけれど、なんだかやけに時間がかかったような気がする。リズムに乗れなかった。ただ、ミスはない。3−25で割り算の筆算の仕方がわからなくなった。自分はこれまでどうやって筆算をやっていたのかわからず、混乱する。改めて最初から筆算の仕方を誘導されるとわからなくなる。ノーミスなのが不思議なくらい。

11/28 小3-26,27
テレビのついている部屋でやった。時間もそんなに長くはかかっていない。適度な雑音がどれくらいなのかはよくわからない。でも、雑音が集中力を削ぐというのは必ずしもそうではないことがわかってきた。周りよりも自分の集中力の問題。

11/29 できず 
先週のできなかった時とは違い、疲れて寝てしまった。けれど、問題の本質としては変わらない。だって、眠気を感じている時もラクダメソッドやらなきゃと思っていた。完璧にやりたいと願う自分がいて、そして完璧にやりたくない自分が同居している。なぜなら次のハードルが上がってしまうから。いや、ハードルが上がると思い込んでいるのだ。

 

 

 

あくまで、本田さんのケースということで、寺子屋塾に在籍している塾生だれもがそうしているわけではありません。
 

そして、だれもが本田さんのようなプロセスをたどるわけではないのですが、このblogで続けて3ヶ月毎に書かれた文章を順番にご紹介することで、そのタイミング毎に異なる気づきが生まれることや、変化のプロセスがわかりやすいのではないかとおもいました。
 

この学習を継続していくことで、どのようなことを学べるかについてのイメージをもっていただけたら幸いです。

 

本田さんの3ヶ月のふりかえりは、過去にも2016.3.1の記事で書いた
でご紹介しましたが、再度以下に引用しておきます。
 

ラクダメソッドの存在を知り、初めて説明を受けて体験した時にこれは凄いな、と感じた。

ただ、それが一体どんなところが凄いのかはその時にわからなかった。

 

3ヶ月以上が経過した今、その凄さが少しずつわかってきた。
 

私にとって計算(勉強)をすることは答えを出し、それが当たっているか否かが全てだった。だから、正解であれば善であり、不正解であれば悪だった。実際、学校システムはそういうルールに則って運営されていた。

けれど、仮にも成人した今、四則演算ができたところでどうということはない。正解したら誰かから評価してもらえるわけでもなく、不正解だったら誰かに窘められるわけでもない。

そういう他人の評価から自由になった時、計算という単純な作業の中に自分を見つけることができた。問題を解くプロセス、間違いのパターン、そして記録の取り方まで実は自分の癖が現れていることに気づけた。

1枚のプリントの隅々まで私という個性が現れていた。

 

私は個性が見た目や言動など表に現れると思っていた。けれど、実は細部の見えづらい場所にこそあることがわかった。自分のだけでなく、寺子屋塾に来た色んな人の話を聞くとその思いは強くなった。


正直、今始めた当初のことを思い返すと酷いものだった。

何重にも折り重なった狭い枠組みにとらわれて鎖に縛りつけられて、苦しんでいた。

けれど、続けていく過程でその鎖を生み出しているのが自分だと気づいてからは、一本ずつ解けていくようになった。

なにか1つ上手くいかないだけで不安に駆られ、動揺していた心は最近あまり動じなくなった。もちろん不安になることもあるし、感情が不安定な時でもあるけれど、その振り幅は間違いなく少なくなってきた。

まだまだたくさんの鎖が残っているけれど、それもやがて解けていく予想がつくことで慌てる必要もなくなってきた。


ラクダをやることは自分と対話をすることなのだと最近思うようになった。

対話、というと他者との間にしか成立しないもののように感じるけれど、意外とそうでもない。それはテニスの壁打ちにも似ていて、計算を通して一旦自分の外に吐き出し、答え合わせによって跳ね返って来たプロセスを今一度吟味する。そして、そのボールをまた打ち出すのだ。

その繰り返しによって、最初はあっちこっちへ飛んで行ったボールがだんだん集まってきて、ぶれることもなくなっていく。

でも、どうやって上達していくかと言えば、そのあらぬ方向へ飛んでいくミスがあることによって成長していくのだ。まぐれで真っ直ぐ飛んで、真っ直ぐ返ってきたボールなんてほとんど役に立たない。だって、それはなんで真っ直ぐ飛んだのかわからないから。


ミスがあるからこそ、ミスをどうにか減らしたいと望むからこそ、人は上達する。

失敗することがずっと怖しかったし、今もまだ怖しさはあるけれど、随分その抵抗感は少なくなってきた。それはラクダをやりながら上手くいかない経験を積んできたからだろう。ラクダの良さは単純さにあると思う。どれだけをミスをしても、自分の人格が否定されるわけでない。上手くいかないのは当たり前。それを知れただけでもラクダをやって良かった。(了)



本田さんのこの文章には、重要な気づきがいくつか書かれているんですが、「教材は自分自身の今を映し出す鏡」という点に絞って以下にコメントを書いてみます。
 
<らくだメソッドの算数教材は、計算問題が中心につくられているので、一見すると「計算ドリル」のように見えるんですが、もし、早く正確に早く解けることを第一目的にするのであれば、不完全ですぐにミスを犯す人間がやる必要はなく、電卓やコンピュータを使って計算した方がずっといいはずです。

つまり、早く正確に問題が解けることを目的に、補助教材として用いられる「計算ドリル」とは全く似て非なるものといえます。

また、現在の寺子屋塾は、社会人の塾生が8割を占めていますが、なぜ大人が、とうの昔に学習したはずの小学校の計算問題を解くのか、なぜ算数なのか・・・いろいろ問いが浮かぶとおもうんですが、おそらく、多くの大人の人にとっては、小学校の算数の計算問題を解く行為は、非日常的なものであり、積極的にやりたいことではないでしょう。

でも、積極的にやりたいプログラムではないからこそ、それを一切強制されない環境のなかで、何をどれだけどのように学ぶか、自分で決めて学習することを前提にしているらくだメソッドだからこそ、「うまく行かない体験」を通して、いまの自分が見えるのです。
とはいえ、もちろん、「いまの自分が見える」というのは、あくまで可能性としてでしかありません。

残念ながら必ずそうなるというふうに、わたしが事前に保証することはできませんし、何かに気づくことはあくまで学習の結果なのです。

気づくことを目的にする姿勢が強すぎると、その姿勢自体が学習の妨げになってしまうこともあり本末転倒なんですが、自分の関心がないことや積極的にやりたくないようなことを日課として生活の中に組み込むことは———こればかりは、ほんとうにやってみないとわからないんですが———自分ひとりではなかなか自覚出来ない無意識の部分や、見えない盲点を浮き彫りにしてくれることがあり、おもいがけない気づきをもたらすことがあるわけです。
そもそも盲点とは、自分に見えないから猝嫖性瓩箸いΔ錣韻如⊆分でその盲点を見ようとするためには、それなりに環境を整え工夫する必要があるんですが、東大の安冨歩さんがまだ男性装だった時代のこちらのインタビュー記事など、寺子屋塾で実践していることとつながる部分が多く、もしかしたら参考になるかもしれません。

明日のblog記事では半年のふりかえり文をご紹介しますので、おたのしみに!
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第5回インタビューゲーム4時間セッションを終えて

170625interviewgame4h_ふりかえりセッション記録by脇田さん.jpg

 

6月25日に、中村教室にてインタビューゲーム4時間セッションを開催しました。

 

後半のふりかえりタイムでは、各々が個人作業で自分の気づきを付箋に書き出す時間を5〜10分ほどとり、それを全体で共有しながらセッションを進めていくんですが、次の写真は、書き出しているときの写真です。

 

170625interviewgame4h_スナップ.jpg

 

 

ちなみに、冒頭の写真は、このタイミングで書き出したものではなく、全体での共有タイムが始まってからの発言や気づきを、参加者のひとりが書きとめたものを整理したものです。

 

このインタビューゲーム4時間セッションは、昨年の6月からスタートし、3ヶ月に1回のインターバルで開催してきたので、今回が5回目になりました。次の写真は、前回3月のときのものです。

 

2017-03-26 14.44.51.jpg

 

また、次の写真は、その前の昨年12月のとき、終了時に集合写真をとったときのものなんですが、自撮りなので左右が逆になっていますね。

 

161211interviewgame4hスナップ.jpg

 

 

「4時間もいったい何をやるんだろう?」っておもわれる方がいらっしゃるとおもうんですが、毎回ほとんどの方が「あっという間でした」といわれます。

 

そして、「今日ここで体験されたことを、この場に居なかった人に説明できますか?」という問いについても、ほとんどの方が「不可能ですね」と言われるんですが、以下は今回参加された6名の方が、終了時に書かれた感想文です。初めての方あり、40回以上やっている方ありでさまざまなんですが、これを読まれてピンとくるものがあった方は、ぜひ次回にお目にかかりましょう。

 

次回は9月17日(日)13:30〜17:30に開催予定です。

 

 

 

●コミュニケーションでは、話す量と聞く量のバランスが大切だと改めて思いました。聞いているばかりではたいくつになるし、他事を考えてしまいます。話してばかりだとこれまた質問をしたくなります。双方のバランスが肝腎ですね。自分自身、前よりはコミュニケ―ション能力がついたと思っていたんですが、まだまだだと認識しました。伝えること、相手の言わんとすることを読みとることは難しいですね。痛感…。

 


●付せんにふり返りを書き、シェアした時、自分の矢印は自分に向かってるものばかりだったけど、周りを観て、俯瞰して、というのが多く、人との違いを知った。楽しい話しをするする引き出せなかったことが残念。相手から20分で聞き、話し、まとめる、のは、こういう場にくる人だからできるのか? 人から話を引き出す時、苦労する時とそうじゃない時がある。
ずっとやりたかったインタビューゲームができて満足なような、不完全燃焼のような。ジェネレーションギャップをおそれていたが、自分の側はあまりなかった。それはひとつハードルを超えた。有り難うございました。

 


●前回と重複するお話もしたと思いますが、とらえ方や解釈の違いによってやはり違った、また新たな他己紹介文が出来たなと思いました。が、お相手が何度かお話をしていてお互いに前情報を持ち合っているために、その情報を(イメージ)をもとにきいたり話したりしてしまうことがあるなと思いました。特に最初に聞く側に回ると、その傾向は強くみられる気がします。なので、もう少し別の話をしたかったなぁと思いました。が、相手からきかれている時に、犲分もそう瓠丙2鵑両豺腓呂劼こもり)という反応があると嬉しくなり、話しやすくなるなと通じ合えている感、同調意識が強いからそう思うのかなと思いました。

 


●相手に伝わった印象≠文章から伝わってくるもの
 印象をきれいにしようと整える努力はいらない
 事実をどう解釈するかはその人の自由

 


●2.5回目のインタビューゲームで、今回は自分の心構えていうか、セッションのダイナミクスに対する自分の捉え方、立ち位置が前回と違っているなぁと感じた。とくに、相手の人がインタビューゲーム初体験だったということも大きかったと思う。過去の自分を見ているようで(笑)いろいろな気づきをいただきました。感謝。制約された時間の中で、表せるものは本当に僅かで、だからこそ、自分のこれまでの経験が透けてくるのが面白い点のひとつ。『自己表出』って言葉の深さを感じた。出来ること出来ないことに関する話題も多く出たけど、まあ「慣れ」だよね、と思う。聞くこと、話すこと、書くこと、問うこと、感じること、考える事。どれも練習あるのみ。繰り返すことで身につくモノで、「やりつづける」ことの大切さ、面白さも改めて感じた。犂愀言瓩鉢犲分瓩盧2鵑竜い鼎というか納得したことのひとつ。自分と相手との関わり方、自分のこれまでと相手のこれまで、幾重にも積み重なって総体としての自分があるのかも、と思ったり。その気づきにも考えにも固執する必要もないって思えるのは、ちょっと心がラクになる秘訣のような気がする。皆さまと今回もたくさん話せて聴けてよかったです。ありがとうございました。

 


●インタビューゲームを約40人以上の方とやっていても、質問するときには、「難しさ」を感じる。でも、その「難しさ」は、自分で背負い込みすぎるものじゃあないなって思いました。何か質問すれば、相手は何かしら返してくる。言葉でなかったとしても、何かしら返ってくる。質問が「分からない」なら「分からない」と言ってくれることはとても助かることで、嬉しいことだ。なぜなら「分からない」って言ってくれるということには、「分かりたい」って気持ちがあると思うから(まあ、分かりたくないから「分からない』という場面もありますが……笑)。
今日は自分の経験を話して伝えるのも難しいと感じた。対話することで、新しい自分が語り出すことがある。そういう時は新しい自分を知るチャンスだと思っておこう、と思いました。4時間がこんなにあっという間にすぎることってなかなかないなと改めて思いました。

 

 

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塾生の体験レポートご紹介

寺子屋塾で主軸教材として用いているらくだメソッド(算数・国語・英語のプリント教材)の学習は、提供するツールとコンテンツは同じでも、それを何のために学ぶのか、どういうプロセスを経て、そのことを通じて何を学ぶかがひとりひとりすべて異なりますから、指導者であるわたしから語ることはできず、各々の塾生に語ってもらうしか術がありません。
ということで昨日は、らくだメソッドを通信学習で学んでいる塾生が書いていた2週間分の学習をふりかえっての文章をご紹介しましたが、今日は、今年の3月から寺子屋塾の学習を始めた宮坂綾さんが書いて下さった体験レポート「3ヶ月間を振り返って」をご紹介します。
 
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3ヶ月を振り返って   宮坂

 

 

寺子屋塾に入ってらくだメソッドで学び始めたきっかけは、青年海外協力隊で小学校教育の算数分野でニカラグアへの派遣が決まったことです。小学生のときに「算数」は学びましたが、教えたことはなく、また、好きでもなかったため、少しでも算数と「仲良くなりたい」と思いました。
 

 

他者との比較から抜け出すのは、ホントに大変!

最初、らくだメソッドのプリントを毎日なかなか続けられず、教室へ行く度に、隣の方の記録表を覗き見て、「毎日記録してる!! ひゃー!」と羨ましがり、「たったプリント1枚なのに、それが続けられない自分は最悪だー」と他者と比較して落ち込んでばかりいました。人と私は全然違う人間なのだから、比較しても仕方ないのに。だけど、それがなかなかやめられない・・・。どうしても『人と比較することで、自分自身を評価してしまう自分の存在』を改めて認識しました。
 

 

「できる」と「できない」の呪縛は根強い・・・。

けど、寺子屋塾は、自分で決めて自分でやる学習が基本なので、「プリントをやりなさい!」と先生から命令されることはないし、できないからといって叱られたりすることもありません。よって、すぐにはできるようにはならないのですが、だからこそ、『(他人評価の)できる、できないの呪縛に囚われている自分の存在』を自覚することができたんだと思います。

それと同時に、自分が「できる(=続く)」「できない(=続かない)」に対して、かなりこだわりがあったということに気づきました。自分で言うのもなんですが、私は真面目な優等生タイプで、「人の期待に応えたいなと思う」気持ちが人より強いのですが、それに加えて、他人の思考を考察するのが大好きなので、子どもの時から「相手がどうして欲しいのか」を勝手に考察していました。例えば、それが近くにいる大人なら、その人が期待する(と私が考察した)「できる」を目指して生きてきたように思います。

つまり、私の「できる」「できない」の呪縛は、他者(身近にいる大人など)に影響を受けていたようなのです。他人の期待した「できる、できない」に縛られている自分・・・もし、ここが解放されたら、今まで「続かないーっ(=できない)」と思って、落ち込んでいたものたち(ダイエットとか!笑)からも解放されて、だいぶ生きやすくなるんじゃないだろうかと思いました。
 

 

世間のセオリーは自分にマッチするとは限らない

前記した2つを認識したことで、ちょっとだけプリントが続くようになりました。でも、本当にちょっとだけです。一般的には、何かを続けるためには、「明確な目標を立て、時間や場所を決め、ルーティン化すべし」と言われることが多いと思います。それで、最初は私も、毎日プリントを続けている皆さんの話を参考にさせてもらい、いただいたアドバイスも取り入れ、同じようにやろうとしていました。でも、それだけではうまくいかなかったのです。

それからいろいろと試行錯誤してみて、私は時間や場所に関係なく「プリントやりたい!」と思ったタイミングでやるのが一番続くんだということがわかりました。なので、やる時間はバラバラ、場所もバラバラ、道具もバラバラ・・・けれど、結果的にそれが一番調子がいい!のです。結局は、まわりの人のやり方を観察したり、アドバイスを受けたりしながらも、自分で色々と試行錯誤して、自分に一番あったやり方を自分で見つけていくしかないのだなと思いました。自分の「今」を認識することで見方が変わり、「こうじゃなきゃいけない」からちょっとだけ解放された気がします。
 

 

らくだメソッドを通じて自分と向き合うということ

できない現実に突き当たると、やはり悩んでしまうし、落ち込みます。でも、そのことをきっかけに認識を変えたり、視点を変えたり、そんなことを繰り返しながら、ちょっとずつ、「今」の自分と向き合えるようになること・・・これが大切なのかなと思いました。何か問題にぶつかると、私の頭の中は「未来」と「過去」のことですぐいっぱいになってしまいます。でも、そうした「未来」と「過去」は、「今(現在)」の捉え方次第で、かなり見方が変わってくるものです。常に「今(現在)」を意識できることが、らくだメソッドを通じて自分と向き合うということなのかなと思いました。(2017.6.19)

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