往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。





啐啄同時(そったくどうじ)

 

最近、長い記事や引用が多いので、今日はさらっと短めに終えようとおもいます。

 


4/22の記事でご紹介した『アレクサンダー・テクニーク やりたいことを実現できる<自分>になる10のレッスン』著者・小野ひとみさんと鴻上尚史さんの対談の終わりの方に、結局、何事においても大事なのは、「方向」「バランス」「タイミング」という話が出てきます。


先般、この「タイミング」「バランス」「方向」の3つが大事だということを、たった1つの言葉で表している四字熟語があると気づきました。

それは、「啐啄同時(そったくどうじ)」で、禅に由来する仏教の言葉らしいんですが。

「啐(そつ)」は雛鳥が内側からたまごのからをつつくこと、また、「啄(たく)」親鳥が外側からからをつつくことを意味します。


つまり、雛鳥は自分のくちばしでたまごの殻を内側から外側に向かってつつき、生まれてくるわけですね。

 


雛鳥は力が弱いので、時間をかけてで自分の殻を少しずつ割っていくわけですが、親鳥はそれを助けるかのように雛鳥のペースに合わせて、外側から内側に殻をつついてやる。

 

雛鳥がまだつつこうとしていないのに、親鳥が先につついて殻を破ってしまってはいけないし、つつく場所を間違えて強くつついたりれば、それこそ雛鳥のイノチを奪ってしまいかねません。

 

つまり、親鳥と雛鳥の「タイミング」、力の「バランス」、そして両者の「方向」が合うことで、雛鳥がスムーズに生まれる(たまごから出てこられる)と解したんですが、いかがでしょうか。

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YEBISU華みやび 美味しかったです

華みやび

今日は久しぶりにビールの話題を。

プレモル派のわたしですが、最近はYEBISUビールの動向が気になっていて、最近この春3/7に発売された「華みやび」を飲んでみました。

サッポロビール公式websiteでは、こちらのページに詳しい情報が載っています。

2009年頃に発売されたシルクヱビスと同じ白いパッケージなんですが、同じホワイトビールの系列ということで、この「華みやび」の発売と同時に、シルクヱビスは終了となった模様。

シルクヱビスについては、日本のプレミアムビールではコレが一番美味しいと書かれたこんな記事も見つかりました。

こちらのblogに飲み比べの記事が出ているんですが、こちらには「美味しかった時代のシルクヱビスを飲みたかった」という記述もあり、安定した味を保つのは易しくない課題なのでしょうね。

パッケージに「クリスタルなホワイトビール」と記されているんですが、ヱビス初の上面発酵ペールエールらしいです。

プレミアムビールで新規参入だったプレモルにシェア1位を奪われたYEBISUも、上面発酵のプレモル<香る>エールのヒットは見過ごせなかったのかもしれません。

「華みやび」をひと口飲んだ印象は、ビール酵母の味が感じられる銀河高原ビールのヴァイツェンタイプのような・・・香りもいいし、美味しくて気に入りました。

とはいえ、基本プレモルというラインは、おそらく当面揺らがないとおもいます。

でも、時々こんなふうに違ったビールを味わってみるのも色々な発見があって面白いですね。(^^)/
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プレモル「香るエール」がリニューアル

香るエールのリニューアル


今日はビールの話題を。
ビールと言えばわたしのお気に入りはプレモルなんです。
 
昨年のお正月1/3になぜプレモルがお気に入りかについて書いたので、
読まれていない方はまずこちらの記事を読んでください。
 
そこにも記したように、
2016年3月に発売された「香るエール」は、
その前に期間限定で出されたものがレギュラー化され、
以後スタンダードのプレモルとの二本立てになりました。
 
その「香るエール」がこの4/11リニューアルされたようで、
メーカーのサントリーからのプレスリリースはこちらです。
 
写真は、前のプレモルと新しいプレモルを
並べて置いてみたものなんですが、
紺色だった缶のパッケージがやや淡いブルーになり
「香るエール」の文字も「<香る>エール」
微妙にデザインもあたらしくなっていますね。
 
味については言葉では表現が何とも難しいのですが、
新しい方がちょっと淡泊なスッキリした感じがしました。
 
さて、あなたは新しい<香る>エール
どんなふうに感じられたでしょうか?
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風邪をひきました

漢方薬

 

2月は久しぶりにメンタル面を含め低調だったんですが、3月に入った辺りからは持ち直してきました。

ただし、ほとんど休みらしい休みはなく、低調だった2月の分を取り戻そうと無理をしたのは確かで、久しぶりに風邪をひきました。
昨日は鼻水がひどかったので、写真の小青竜湯と桂枝湯を飲んでみたんですが、今日はだいぶ落ち着きました。
明日の土曜はちょっとゆっくりできそうなので、無理せず早く治そうとおもいます。
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田縣神社のこと


昨日は小〜中学時代にこっそり読んでいた本の話でしたが、
関連して、わたしが子ども時代の話題を。

6年ほどまえから時折、名古屋経済大学(以下「名経大」と略)犬山キャンパスに
ゲスト講師の立場でお邪魔しているんですが、
名経大の最寄り駅は、名鉄小牧線の田縣神社前駅です。

名経大の学生さんたちはもとより、その周辺地域に住んでいる方で、
田縣神社に祭られているご神体が何かを知らない人は少ないかと・・。
 

亡き母の在所が岐阜県関市だったので、
井上家は、お盆や正月になると
R41経由で名古屋から関まで車で帰省していました。
 
この田縣神社は小牧市の旧R41沿いにあるので、
そうした帰省時の行き帰りに、何度か立ち寄ったことがあります。

初めて立ち寄ったのは小学校3年生ぐらいだったとおもうんですが、
神社内にはこのようなフシギな物体があちこちに散見し・・・

2009-06-25 02.22.38.jpg


こんな鈴が天井からぶらさがっていたり・・・

田縣神社の鈴.jpg

お賽銭箱もこんな感じで、

 玉さすり 賽銭いれて 珍となる
・・・とご丁寧に、川柳で説明書きまでが・・笑

2009-06-25 02.23.20.jpg

前にも書いたように、わたしの両親は
性についてそんなにオープンではありませんでしたが、
こんな経緯で、田縣神社のご神体として祭られているモノが何かは、
小学生の頃から知っていた次第です。
まさに珍スポットですねっ・・笑。

ただ、毎年3/15に行われている豊年祭は、
残念ながらまだ一度も覗いたことがありません。

海外にはこういう稀代のパワースポットは少ないらしく
見物客には外人さんも多いそうです。


ふだんなら猥褻物陳列罪に問われかねない
このようなオブジェを乗せた神輿が、その日ばかりは堂々と沿道を練り歩き、



祭りの終盤には、この神輿が本殿に突入する儀式まであるそうでww・・・
「田縣神社」「豊年祭」でネット検索すれば、

といったようなblog記事がいっぱいヒットしますし、
2016年の豊年祭がYouTubeに上がっていました。
 

この映像でとりわけ興味深いのは、
奉納するまえに大男茎形をのせた山車が3回、
右まわり、左まわりの順で回転させていることなんですが、
「なぜこのようなことをするんだろう?」という問いが浮かぶと、
いのちの本質について考えることに
つながるようにおもいます。

いずれにしても、江戸期以前の日本人の性意識は今とは異なり
とっても大らかなものだったことが想像できますね。

 
一昨日の20リストのうち、17番目に挙げた
『浮世絵入門 恋する春画』(新潮社)は、
江戸期の大らかな庶民のすがたを
文化的な側面から垣間見ることができるようにおもいますし、
18番目に挙げた
渡辺京二さんの「逝きし世の面影」(平凡社ライブラリー)は、
そうした明治維新以前の日本の姿を、外国人の視点から書きとめたものです。

今年も3/15は観にいけそうにないんですが、来年こそは・・笑
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ひな祭りと「教えない性教育」のこと



昨日3月3日は桃の節句、ひな祭りでしたね。
 
わたしには息子が2人いますが、娘はいないので、
井上家ではこの時期にお雛さまを飾る習慣はありません。

写真は犬山しみんていの和室に飾られたお雛さまで、
去年の2月に撮影したものです。

内田樹&三砂ちづる『身体知 カラダをちゃんと使うと幸せがやってくる』を読むと、
むかしはひな祭りの日に、女の子たちを集めて性教育をしたという話がでてきます。
 
以前にもこのblog記事でその部分を引用して紹介しました。

わたしはその話を読んだときに「ホントかな?」とおもったんです。
それで、ネットで検索してみると、この記事この記事など、
たしかにそのような話がたくさんヒットします。
 
でも、どうもそれらの出所はほとんどこの三砂さんの話を
そのまま鵜呑みにして紹介しているだけで、
信頼できるような一次情報は見当たらず、
確たる根拠はないようなんですね。

しっかりしたリテラシーに基づいて書かれ読むに値したのは、
この記事の最後に記されているんですが、
ひな祭りが性教育と深い関係にあったのは、
内田さんとの対談で三砂さんの知り合いとして登場する方が育った地域、あるいは世代の話で、
一般化すべき話ではないという意見にわたしも賛成です。


ところで、少し前に、在籍していた塾生のひとりから、
「近々ひらくフリースクールでは、性の問題・・とくに昨今のLGBT、
性的マイノリティの問題にも配慮した場にしていきたいと考えているんですが、
参考になるような本はありませんか?」という相談を受けたことがありました。

LGBTのためのコミュニティサイト2chopoに掲載されている
・200人に聞きました!義務教育での性教育、どうだった?どうすべき?

という記事を2年前に読んだことがあるんですが、
今日はそのあたりのテーマについて、
常々おもっていることについて書いてみようとおもいます。
 
テーマがテーマだけに簡単には済ませられず
ちょっと長い記事になりますが・・。


セックスは、人間に無くてはならない大切なものっていうのは正論だし、
たしかに、そのとおりなんです。

でも、それだけを取り出して語ろうとしたとき、
この正しさというのがなかなか厄介で、
その姿勢自体がどうしてもまわりには不自然に映ってしまいます。

三砂さんも、「身体知」の本では、性の問題を医療保険の知識だけでなく、
生活文化の一環として一緒に伝えていく姿勢が大事だと話されていて、
ひな祭りのときに性教育をしていたという話も、
そうした文脈のエピソードとして紹介されているわけですね。

さらには、セクシュアリティというのは、
個人的な問題という性格ももっているので、
狢臉擇飽靴Δ海鉢瓩鉢狷段婿襪垢襪海鉢瓩箸六羂貊鼎里箸海蹐あり、
目的としての「伝えたい」ことと結果として「伝わること」の間に、
埋めがたい溝が生じてしまうのでしょう。

内田樹さんは、前に紹介した三砂さんとの対談でも、
性教育は、家庭や学校ですべきではないという語っていますし、
著書『ためらいの倫理学』(角川文庫)に収められた
「性的自由はあり得るか」という小論のなかで次のように書かれていていました。
 
「・・・性というのは、『機能する欠如』なのであるから、
そもそもそこには語るに足るようないかなる根拠もない。
だから、性をめぐる言説はすべて、それを隠蔽しようと、開示しようと、
称揚しようと、告発しようと、とにかくそれについて語る限り、
必ず構造的に『無根拠な価値付け』をしてしまう宿命なのである
(それはわたしの書いているこのテキストも例外ではない)。」(P.182)

つまり、いま書いているこのわたしの文章なども、
こうして書くことで「無根拠な価値付け」をしてしまうので、
たぶん、これを読まれる皆さんには、わたしの意図とは無関係に
さまざまな受けとめ方をされてしまう宿命にあるわけですね。

また、性教育に限らず教育という営みのもつ一般的な傾向として言えることなんですが、
指導する側のどこかに、分かっている人が分からない人を教え導き
啓蒙してあげましょう・・という上から目線の姿勢があり、
それも結果的に、学ぶ側の不必要な抵抗を生んでしまう
大きな一因になっているようにおもいます。

加えて、セクシャルマイノリティの問題は、
マイノリティ側から語られることが圧倒的に多く、
立場上どうしても自らの正しさを主張し、
偏見差別と闘う姿勢になってなってしまうのでしょう。

いずれにしても、同じ土俵の上で対話すること自体が成立していない現状があり、
こうした課題をいかに払拭していくかだとおもうのですが、
これらの状況をふまえて考えてみるにつけ、
犇気┐覆だ教育というのが、
もっとも自然なアプローチなのではとおもえてきますし、
もしかすると
「学校教育でも家庭教育でもできない学びを」をモットーとしている
寺子屋塾が・・・というか、
社会教育のフィールドが担当すべき分野なのかもしれません。笑

そういう意味でも、オルデンバーグの提唱したサードプレイス
いまの社会において大切な場なんでしょうね。

(武富健治『鈴木先生』より)


わたしが連続ドラマ『鈴木先生』(2011年にTV東京系列で放映・
原作は武富健治さんのマンガ本)を推す理由は、
主人公の鈴木先生が答えのない問題に生徒と一緒に向き合い、
対等な立場で一緒に考えようする姿勢をもっていたからです。

つまり、鈴木先生は、けっして正解をもっているわけではなく、
子どもたちにそれを押しつけようとしてないところ・・・
先生というよりはひとりの人間として、
セクシュアリティの問題を、自らの生き方の中に位置づけ、
一般論でなく自分事として一人称で語っているんですね。

でも、わたし自身そうはおもっても、
いざ自分自身の生き方として自分のセクシュアリティの問題を
自らちゃんと語れるのか?と問われたならば、
まったく自信はないのですが・・。 (‥ゞ


いまの日本では、注目すべき性教育の実践がすくない・・・いや、
そのようにわたしは勝手におもっているだけなので、
現実にどうなのか、事情はよくわからないのですが、
そのように自信を持って語れる先生がほとんど存在せず、
そもそも語れる場自体がない、ということなのかもしれません。

親には話せないようないかがわしいことをこっそり教えてくれる
「ろくでもないおじさん、おばさんたち」
そして、親には見せられないエッチな本を借してくれるような
「近所のおにいさん、おねえさん」が、
いまでは地域コミュニティからはいなくなってしまったということなんでしょうか。

この件について、わたしの手元には信頼できるようなデータがなく、
はっきりしたことは何も言えないんですが、
ただ、寺子屋塾の場合、家庭でもなく、学校でもなく、
民間の社会教育的な場であるわけですから、
そういうかつては地域コミュニティが果たしていた役割を
担うことができるのかもしれないと考え
このような記事を書いている次第です。


さいごに、吉本隆明さんの『家族のゆくえ』から、
性教育にふれたところを紹介して、
この、長くなったこの記事を閉じようとおもいます。

ただ、吉本さんが書かれたこの考え方はまさに「教えない」姿勢に貫かれているんですが、
極論ともいえるので、きっと賛否両論あることでしょう。
でも、こういう破天荒なことを言って聞かないガンコじいさんが
今ではほとんどいなくなってしまっていることは事実で、
正しいかどうかはともかく、ひとつの見解として傾聴に値するものだと考えます。

ちなみに、『家族のゆくえ』については以前にもこのblogでは、
こちらの記事で教育に触れた部分の一部を引用し、目次を紹介しました。
 
前思春期から思春期にかけては、「性教育」が問題にされることがある。
教育好きの錯覚だとおもえる。人間は教育によって無知になることもある。
鶴見俊輔氏は、息子さんに「みずから命を絶っていいのは、
君が人を殺さなければならない情況におちいったときか強姦したときだ」と諭したことがあるそうだ。
いかにも鶴見氏らしい立派な言葉だが、わたしはそんなことも教えない方がいいとおもう。
教えることは良くない、全部ダメだというのがわたしの考えだからだ。
教えたりしたらあとで必ず後悔と自己反省が起きてしまう。年長の人が年下の人に、
あるいは小学校の先生が小学生に道徳的なことを教えるのはやめたほうがいいとおもえる。
たとえ親子でもそうだ。
ではどうすればいいのか。
放置することだとおもう。個々の人によって環境もちがうし家族も考え方もちがうだろうが、
少なくとも幼児期および少年少女期の前半まではできるかぎり自由にすることだとおもう。
これをもっと引き延ばしていえば、大学を卒業するまでは学問技術は教えても、
あとのことはいっさい教えないこと。道徳、善悪、正邪に関することは教えない。
何も教えないで育てていくのがいいとおもえる。
とくにいけないのは善悪に関与することを教えることだ。
自分の子どもたちにたいして、それにほぼ近いことしかしてこなかった。
善悪、正邪に関することは教えるのがむずかしい。
性教育も同じだ。そして自由に任せてきた。
一般社会から見ると、欠陥も出てきたかもしれない。
欠陥はないほうがいいかどうか、わたしにはわからないが、
欠陥が出てきたら最終的には親の責任だと思い定めてきた。そう考えてきた。
乳幼児期、もっといえば体内7〜8か月で人間らしくなったとき、
その親なりに愛情を籠めて子どもに顔を向け、
本気で育てたら、その子が長じてから強姦することなどありえない。

吉本隆明『家族のゆくえ』(光文社知恵の森文庫)P.120〜121より
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身体のセルフケア、メンテナンスを忘れずに

お灸と円皮鍼

2016年10大ニュースについての記事を書き始めたものの、
4.5.3.7と書いて、それ以後はそのままになっていましたね。

9.安定した体調

について書こうとしていたんですが、
2月の初め頃からメンタル面を含め体調が急降下していて
何となく書き辛くなってしまいました。

わたしの場合は、メンタルの調子が落ちてくると
身の回りが散らかってくる(→片付けができない)ので
自分ですぐにわかります。

たぶん、脳内とまわりの環境は相似関係にあるのでしょう。

また、年が明けてすぐの頃からは、
左肩から左腕にかけて時折しびれる身体症状が出始めていました。

常時ずっとしびれているわけではないのですが、
しびれというのは、身体のどこかに血行不良な箇所がある証拠で、
重篤な病気の前兆である場合もすくなくありません。

それで、先週の金曜日2/17には、
2年ぶりに鍼の丸山先生のところに行って診てもらったんですが、
いつ血栓を起こしてもおかしくないくらい血液が汚れている
と言われてしまいました。

この2年、体調を大きく崩すことなく維持できていたものの、
昨年は、後半に自宅の寝室とリビングをリフォームしたことに伴う片付け作業と
東員教室退去にともなう片付けというビッグイベントが続いたのは
予め計画にはなかったことでしたし、
それ以外にも町内会の組長当番が当たっていたり、
また、平成29年度の後期から始まる
愛知淑徳大学の授業の準備など、
ふだんにはないイレギュラーな仕事を同時並行的にこなしながら、
いつもどおりの教室の仕事を進めていくためには
休みらしい休みもほとんどとれず、
かなり無理をしていたことは確かで、
こういう状況を招いたのは当然の帰結といえばそうなんですが・・・。

昨年の夏頃までは時折していたお灸や円皮鍼も
最近ほとんどしていなかったことにおもいあたり、
まずは自分でできることをと
セルフケア、セルフメンテナンスの習慣を復活させました。

何ごともにおいても結局は身体が資本なので、
ちょっとペースをおとしていこうとおもいます。
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いま飲んでいる漢方薬

いま服用している漢方薬

写真は現在服用している漢方薬2種類、呉茱萸湯と桂麻各半湯で、1/9に主治医のところに行った際処方されたものです。

昨年6月頃から左手の親指に違和感があり、曲げると軽い痛みがある状態がずっと続いてなかなかよくならなかったんですが、年末には、左手の甲が中指の辺りまでしびれる症状も加わってきました。

主治医の診断で、ヘルペスウィルスが潜伏感染して起きている症状とわかったんですが、たとえば、そのウィルスをやっつけるような漢方薬を服用しても、生活環境の中にそのウィルスの感染源があれば、ずっとイタチゴッコになります。

人間の身体、とくに腸内細菌と呼ばれるように腸の中に生息するものが多いんですが、善玉菌といって病原菌やウィルスなどを退治してくれる菌がいます。

でも、抗生物質などの西洋薬や、ある種の食べ物飲み物などがそうした菌を殺してしまうんですね。そのあたりの詳細は主治医のこちらの記事などを参考にして下さい。

「なんど言ってもいいかも」というタイトルですが、主治医のブログを「善玉菌」で検索するとたくさんヒットしますので。

わたしの場合も、ウィルスをやっつけてくれる善玉菌が少なくなっていたのが原因だったようで、ただウィルスをやっつけるだけでなく、善玉菌を増やすように働きかけてくれる薬をということで、この処方になりました。

服用しはじめて1ヶ月ちょっと経過したんですが、痛みもしびれもだいぶ軽減し、もう一息という感じです。

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「食」へのアプローチ・パラダイムシフト表

食へのアプローチ
昨日は「教えない教育とは?」を整理した記事を紹介しましたが、わたしが「教えない教育」にたどり着いた背景に、10代後半に得た病を食などの生活次元からアプローチしてきた自分自身の体験があります。

医療というのは、医者や薬が病気を治すのではなく、誰にももともと備わっている「自然治癒力」が駆動するきっかけづくりにすぎない、ということに気づかされたわけですが、この医療を教育に置き換えて考えることで、「自然学習力」の存在に気がつき、「自然学習力」が駆動する学びの場づくりという実践が始まりました。

また、「食」というあたりまえのことを大切にすることから、学習そのものを特別なものとせずあたりまえのものとし、「日常化」していく意義を見出したところも大きかったようにおもいます。

現在の仕事をはじめて3年ちょっと経った時点で、マクロビオティックの普及団体より原稿の依頼を受け、それまでの経緯ややっている仕事の内容について書いた原稿があり、昨日のことばこでの講座でも、中心テーマであった「書くこと」の大切さを伝える目的と、自己紹介代わりに配布しました。

古い原稿ではありますが、いま読み返してもコアの部分を外していないようにおもいますので再度投稿しました。お読み頂ければ幸いです。

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一人ひとりが未来の創造者
 井上 淳之典


いつも「今」が新しい時代
 21世紀がいよいよ間近ということですが、キリスト教研究者の間では、実際にイエスが誕生したのは紀元前4年というのが定説ですから、今年はイエス生誕後2001年めにあたり、すでに21世紀という新しい時代は始まっているとも言えるわけです。おそらく、新しい価値観とは誰かが作って与えてくれるものではなく、一人ひとりが作っていくものであって、それは今に限らずいつの時代でもそうなのではないでしょうか。ですから、常に「今」が新しい時代と考えたいものです。まだ見もしない未来について、予言めいたことをまことしやかに語るという不遜なことにならないよう、あくまで今まで自分自身が体験してきたことや、具体的に今やっていることをもとに書いてみたいと思います。

病気の体験から学んだこと
 もともと自分は生まれも育ちも名古屋ですが、5年前の春に7年勤めた学習塾を退職して上京し、日本CI協会の研修生となりました。そして、東京での生活が一年半過ぎた頃に急に結婚話がまとまって四日市に住まいを移し、3年前の秋に「楽食らくだ塾(註:現在は寺子屋塾&寺子屋プロジェクト)」というスペースを作りました。新しい土地でほとんどゼロからのスタートでしたから、できることは何でもやってみようということで、自然食品や書籍を扱うお店と、平井雷太氏のらくだメソッドを使った塾を一緒に始めたのでした。
 そもそも自分が食養と出会ったきっかけは、16才のときに肺が突然パンクする自然気胸という病気になったことでした。自然気胸は悪性の病気ではありません が、西洋医学では原因不明で決定的な治療法はなく、医者から「身体に無理のかかる仕事には就けないだろう」と言い渡され絶望したこともありました。しかし、そのおかげで西洋医学に疑問をもち、医者に頼らず自分の身体と自分で向き合うようになったのです。さまざまな健康法を模索する中で桜沢如一の『永遠の少年』(日本CI協会刊)と出合い、食養やマクロビオティックの世界観にひかれ、玄米菜食を始めたのが23才のときでした。それまで砂糖漬けの食生活だったため、始めてすぐ病状が好転しただけでなく、肉体的にも精神的にも大きな変化が訪れました。しかし、食養をどんなにまじめに実行しても回復しないところが残り、食事を少し崩せば体調がすぐに狂ってしまうという状態が長く続いたのです。
 そして、その転機は食養を始めて10年を過ぎた頃に訪れました。病気のお陰で食養に出合えたのにもかかわらず、病気を治すことばかりに躍起だった自分にようやく気づいたのです。それからは、病気に感謝し病気の自分をそのまま受け入れ、本当にやりたいことに意識を向けるようになったのですが、すると不思議なことに、食養だけで回復しなかった所までが良くなり、食事の内容で体調が左右されることも少なくなったのです。
 このような経験から、病気には何をどのように食べるかという問題以前に、病気をどのように受けとめるかという心の問題が大きいことに気づかされたのですが、他の方のお話しを伺ってみても、「玄米が身体に良いと聞いて始めたが、長続きせず挫折してしまった」「病気を治す食事指導を受けたが、その通り実践できず悩んでいる」「理想と現実とのギャップが大きくストレスを感じる」「家族の理解がなかなか得られない」など、食にこだわることが新たなとらわれを生んでしまっているケースが少なくありませんでした。
 また、食養をまわりの人にすすめても、病気のような切実な問題でもなければ、実際にやってみようという人は少なく、「こんなにすばらしいマクロビオティッ クが何故普及しないんだろう?」「まわりの人にどのように伝えて行けばいいのだろう?」という問いが自分の中に生まれたのですが、仕事として食に関わるようになってからはいっそう切実な問題になり、食養の方法論的なことよりも、実践を阻んでいる心の壁をいかに外すかに関心が向かって行ったのです。

自分自身への信頼を回復すること
 今までさまざまな場所で食のお話しをさせていただく機会がありましたが、この5年の間に内容もやり方も随分変わってきました。その中で重要なキーワードとして浮かび上がって来たのは、「違いと出合う」「双方向コミュニケーション」の2つです。価値観の押しつけや強制は反発を生むばかりで、一方通行の情報伝達からは新しいものは何も生まれません。一人ひとりにもともと備わっている「生きる力」がどうすれば自然に引き出されてくるかを考える上で、コミュニケーションの問題が深く関わっていることに気づかされたのです。そこで、食の話をするような場にも、気づいたことを書き留め、交換して読み合ったり、相互インタビューのような参加型のワークを取り入れることを試みるようになったのです。
 たとえば、名古屋にあるウイルあいちにて1997年4月から始まった「食生活のセルフデザインスクール(全5回・主催GAIAの会)」は、私ひとりが伝えたいことを一方的に講義するのではなく、参加者の皆さんが現実に直面している問題や学びたいテーマをその場に持ち寄って共有し、相互に学び合えるような場づくりを心掛けました。内在する感性を磨いて自分自身への信頼を回復すること、無双原理(PU)というモノサシを自分の食生活をデザインする道具として使いこなせるようになること等をテーマとしました。
 最近「インフォームドコンセント」という言葉をよく耳にするようになりましたが、医師主体の医療から患者主体の医療へと、患者の自己決定権を尊重しようとする動きが起こっています。古い価値観が崩壊し、新しい価値観が生まれている今のような時代においては、自分の外側にあるシステムや価値観を頼りにしてそこに合わせようとするのでなく、一人ひとりが自分自身の内側から沸き起こってくるものを大切にしながら、価値観の違いをお互いに認め合うことが求められているように思うのです。
 最初は別々だと思って始めたお店と塾の仕事でしたが、このように「食」と「教育」と「医療」は深いところでつながっていることに気づかされることになったのです。

自分の中に「問い」も「答え」もある
 また、この3年間にはお店と塾だけでなく、講演会、シンポジウム、映画会、ビジネスゲームのセミナー、アワ歌を歌う会など、さまざまな企画に関わってきました。その結果、活動内容がしだいにボーダーレスでホリスティックなものになって行き、さまざまな人々やネットワークを結ぶ役割を果たしてきたようですが、これは決して最初から計画していたわけではありません。あくまで自分が今やりたいこと、今の自分にできることをその場その場で直観的に判断しながら実行して来ただけなのです。そのためか、ある方からは「井上さんは、何をやろうとしているのかよくわからない」というご意見もいただきましたが、「井上さんがやろうとしているのは、教育でも、医療でも、エコロジー運動でもない、今までの枠組みにあてはまらない新しいことなんだね」と言って下さった方もありました。そもそも本人自身がよくわかっていないのですから、人にわかろうはずもないわけですが、結局人間は自分自身のことが一番わからないのではないでしょうか。だからこそ、この「わからなさ」を大切にし、さまざまな人との出会いを通して、自分を知り自分を見つめて行くことが欠かせないように思うのです。
 現在、フッと浮かんだことや日々の出来事などを書きとめたものを「考現学」と呼び、それをFAXやEメールなどで多くの人と交換することを実践していますが、何と言っても今はこれが一番面白いです。桜沢は自学自習、自問自答を重視し、クラックスというPUの問題集をたくさん残していますが、日々「考現学」を書くことは、クラックスを自分で発見し自分で解いて行くことに他なりません。冒頭に掲載した「食」へのアプローチ・パラダイムシフト表は、考現学をやりとりする中で生まれてきたものです。
 チルチルとミチルは幸せの青い鳥を探して外に出掛けて行きますが、最後に青い鳥は家の中にいたことに気づきます。実は、自分の中に「問い」も「答え」もあるのです。自分にできることは、このような出会いの「場」と「チャンス」を提供することだけです。
 (1997.9.13脱稿)

正食協会発行の月刊『コンパ21』(現在誌名は『むすび』と改題)1997年11月号に掲載した原稿を改稿

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毎日やっていること(健康篇)

このblog記事をupすることもその一つなんですが、いまわたしが日課として毎日続けていることがいくつかあります。

なぜ、日々し続けることが大事だと考えているかについては、12/15に書いた「反省よりもふりかえりを」などの過去記事をご覧下さい。

今日は、主として自分自身の体調維持につながることで、し続けていることについて書いてみようとおもいます。



まず、日本CI協会で仕事をしていたときに知り合ったエディター・有岡真さんから教えてもらった「背骨ゆらし」です。

朝目が覚めてから活動し始めるまでの間や、寝る前などにこれをやっています。

これについては、本家本元である開発者の津村喬さんが実演しているビデオがYouTubeにありますので、ご覧になってみてください。

ヨコ揺らし9回 → タテ揺らし9回 → 右回転9回 → 左回転9回

背骨揺らしの基本はこれだけで、これをひたすら繰り返すだけなのでカンタンです。






津村さんの主宰される気功文化研究所のホームページにも背骨ゆらしについての記事が出ています。



次は、胸腺への刺激です。胸腺は胸骨の後ろ、心臓の上に乗っかったような形で存在しているリンパ器官で、免疫系をコントロールする司令塔のような重要な働きをしています。


胸腺の場所

この胸腺のあたりを軽く叩いたり、握り拳でマッサージしたりしているんですが、高めだった血圧も随分安定してきました。



胸腺のツボ

また、胸腺につながる手のツボが中指の付け根両脇にあるんですが(上の写真の赤丸)、中指自体が脳や脊髄につながっているので、このツボのみならず中指全体へのマッサージも欠かさず行っています。

次の図は手のひらにつながる臓器の反射区を示したものですが、このように手、足、耳には全身につながるツボが集まっているんですね。

手の反射区




あと、主治医から教えていただいた、免疫力を上げる方法なんですが、両手を次の写真のように重ねるやり方もあり、背骨ゆらしをやりながらやったりしています。



とよおか免疫UP

これについては、主治医のblogで説明されているので、こちらの記事を参考にして下さい。

この記事などをよむと、目をつぶってこのように手を組むということをしなくても、胸腺のことをイメージし意識するだけでも免疫力に変化があることがあるそうです。


まだ、他にもいくつかあるんですが、今日はこれぐらいにしておきましょう。


posted by Akinosuke Inoue 23:35comments(0)trackbacks(0)pookmark