往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。





長男の誕生日に

今日2/5は、長男・晶雄の21歳の誕生日でした。

21年前の今日は日曜日で、トータルゲームのセミナーが名古屋であり参加する予定だったんですが、朝早くに妻が早期破水してしまったため、すぐにかかりつけの椙山産婦人科病院に連れていきました。

診断後、帝王切開の手術をすることになり、当時桑名市民病院におられた中山尚夫先生の執刀により、無事に長男が生まれたのはお昼すぎだったと記憶しています。

そんな経緯でトータルゲームのセミナーには行けなかったんですが、出産した妻も夕方には落ち着いていたので、当時鶴舞にあったthis is itでの打ち上げにだけ少し顔を出し、参加されていた皆さんから長男の生誕を祝っていただきました。

名前の由来は、長男が生まれる2ヶ月ほど前に演奏を初めて聴いた林晶彦さんのピアノが素晴らしく感動したということがあり、音楽好きになってほしいという願いもこめ、林さんの名前から漢字を一字頂いてつけました。

小学校6年生の3学期から和太鼓のまんまる座のメンバーとして活動しはじめるなど、音楽好きな子どもに育っています。


3年前の2013年夏、ロングビーチ市との姉妹都市提携の一環として行われている交換留学生プログラムにエントリーし、アメリカからやってきたJohnくんのホストファミリーを10日間つとめたことがありました。

応募した経緯など、詳細についてはこちらの記事をごらんください。

Johnくんのミュージシャンぶりに刺激されたのか、それまでピアノをほとんど弾いたことがなかった長男が、8/8に予定されているさよならパーティで、johnくんが吹くフルートにピアノで伴奏をすると宣言したのは、さよならパーティの5日前のことでした。

しかも、わが家は前半のホストファミリーだったため、Johnくんは楽譜さえあればほぼ初見ですぐ吹けるので、ほとんど練習しなくても大丈夫だったとおもうんですが、Johnくんと一緒に練習する時間はほとんどありません。

よって、ほとんどぶっつけ本番状態だったのですが、次のビデオはさよならパーティの演奏です。







長男には生まれつき感音性難聴という聴覚障がいがあり(両耳とも85dbほど)、音を聞き分けることがほとんどできないので、Johnくんが上手く合わせてくれたとおもうんですが。

最後から2小節のところで右手のフレーズを若干間違えてましたが、それでもほとんどゼロの状態から5日の練習でここまで弾いたことには、親のわたしも正直驚きました。

このときの演奏に気をよくしたのか、長男はピアノに目覚めたようで、これ以後は毎日練習しています。

きっかけをつくってくれたJohnには本当に感謝しています。


そして、TRIOとのさよならパーティから1年後、つまり一昨年の夏に妻の実家でサカモトの戦メリ(Merry Christmas Mr.Lawrence)を弾いていたのを途中から録画したのが次の映像です。




細かく聞けば怪しい所がところどころありますが、難聴のハンディがあって、ピアノを練習し始めて1年、しかも先生につかず独学でなら、よく弾けている方なんじゃないかとおもいます。

この後もアモーレやエナジーフロー、ラストエンペラーなど大好きな坂本龍一の作品を中心にレパートリーを増やし、最近ではYMOのヒット作だった東風やモーツァルトのトルコ行進曲を「難しい〜」と言いながら練習しています。


親バカ投稿すみません…f^_^;) 誕生日に免じてお許しを<(_ _)>


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妻と出会って丸20年の日に観た映画「架け橋」

名古屋メニコンANNEXで行われた今村彩子監督の映画「架け橋 きこえなかった3.11」の東海地区初上映会から帰ってきました。

映画上映のあと、今村さんが講演され、映画のタイトル「架け橋」は、この映画がいろんな人をつないでいく架け橋になってほしい、という気持ちを込めてつけられたことなど、さまざまなエピソードを話して下さいました。

この映画の主題歌は、元東海ラジオのアナウンサー(現在はフリー)小島一宏さんの「一人じゃない」なんですが、会場に小島さんが来られていて、監督が講演された後にピアノの弾き語り生演奏がありました。

聴く前は正直あまり期待していなかったんですが(小島さんごめんなさい<(_ _)>)、詞も曲も歌もピアノも素晴らしくて、めちゃめちゃ得をした気分になりました。(^o^)

ところで、20年前の今日、つまり1993年10月24日は、妻とお見合いをした日でした、その1ヶ月後には婚約、3ヶ月後の1994年1月24日には四日市で結婚式を挙げるという、まわりはもちろん本人にとっても思ってもみない展開でした。(^^;)

妻と私との間を取り持ってくださったのはピアノ教師のK先生で、音楽がとりもつご縁ということで、K先生、そして音楽が牴佑蔚境瓩箸覆辰燭錣韻任后

私が高校時代からずっと音楽家の高橋悠治さんに私淑していることは、今まで何度もこのFBにも書いてきましたが、私がK先生と知り合ったのは、1980年にK先生が津市で高橋悠治さんのピアノリサイタルを企画し、そのリサイタルを聴きに出かけたことがきっかけでした。

したがって、もし私が音楽好きでなかったなら、高橋悠治さんと出会っていなかったなら、妻と私も出会っていないことになり、まったく別の人生を送っていたことでしょう。「人生は出会い」次第だとつくづく思います。

残念ながら今日は、妻と一緒に映画を観ることや小島さんの弾き語りを聴くことができなかったので、YouTubeにアップされていた「一人じゃない」の映像&音楽を、20年を迎えられた記念の意味もこめて妻にプレゼントしました。

もともとこの曲は、3.11で被災された方へのメッセージソングで、映画の主題歌のためにつくられた曲ではなかったのですが、今村監督がこの曲を聴いて感動し、ぜひ主題歌として使わせてほしいと思ったとのことです。この歌がまさに、今村さんと小島さんとの牴佑蔚境瓩箸覆辰燭錣韻任垢諭

詞・曲・歌すべて良いです。この記事を目にされた皆さんも「一人じゃない」をぜひ聞いてみてください。そして映画「架け橋」をどうぞ応援してください。


映画「架け橋 きこえなかった3.11」のfacebookページはこちらです。
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ロングビーチTRIOプログラムにホストファミリーとして参加してみて

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亡き父の誕生日に想う

昨日2/5は長男17歳の誕生日でしたが、今日2/6は16年前に亡くなった私の父の誕生日です。父は長男が生まれてすぐ、1歳のときに亡くなったため、長男は自分の祖父にあたる父のことを覚えていませんが、父は自分と一日違いの日に孫が生まれたことをとても喜んでいました。

父の父、つまり父方の祖父は歌舞伎役者、いわゆる旅芸人でした。私の父が小学5年生の時に祖父は亡くなっているので、当然私は写真でしか祖父を見たことがありません。父は昭和6年生まれでしたが、その年代の人にしては珍しくギターやアコーディオンを演奏する音楽好きな人だったのは、おそらくは芸人であった祖父の血を引き継いだからでしょう。また、一時期は音楽家になりたいとまで思ってしまうほど音楽にめり込んでしまった私も、その流れにあると言えるかもしれません。音楽が縁で知り合った妻もいま音楽を仕事にしていますし、先般もご紹介したように、義弟(妻の妹の連れ合い)は和太鼓集団爐泙鵑泙觝足瓩虜堕垢鬚靴討い董∈覆遼紊皺山擇鮖纏にしている人ですから、そうした人たちとのご縁も、もとをたどれば父方の祖父に行き着くように思うのです。

ところで、「歌舞伎(かぶき)」という言葉の語源は「傾く(かたむく→かぶく)」で、どっちかに偏って真っすぐではないさまのことです。そこから転じて、人生を斜(しゃ)に構えた人、身なりや言動が風変わりな人やアウトロー的な人などを「かぶきもの」と呼んだわけです。つまり、「かぶき」とは、「かぶく人たちのかぶく芸」のことで、「歌舞伎」という漢字は、後から国語学者が充てたものです。「歌舞」は、文字通り歌と舞であり、「伎」は演技、技術の技と同義なのですが、伎ひと文字で役者を意味するそうなので、歌舞伎とはまさに、「歌と舞踊と俳優で作るエンターテインメント」ということになり、当て字とはいえお見事ですね。

いま私は芸事を職業としているわけではありませんが、教育という全く違ったフィールドで仕事をしながらも、それでも、10代の中頃からさまざまなアートに触れてきたことの影響を感じることがしばしばです。進学塾専任講師という企業人の仕事から始まりながら、非営利活動に関心をもち、「教えない教育」というオーソドックスなやり方とは言えないスタイルに変化していった経緯を振りかえると、おそらくその根底には、「かぶきもの」と呼べる精神が横たわっているのでしょう。

それは、間違いなく祖父、父から引き継いだものであるし、肉体としての祖父や父は死んでしまっているのですが、今もなお私の中で生きているように思います。妻も私も長男、次男には音楽をやるよう積極的に奨めたわけではないのですが、長男は小学校6年のときに自分から太鼓をやると言い始め、先だって太鼓を始めた次男も1/22デビューステージを果たしました。

そして、つい先般、今更のように思い出して大変驚いたことがあります。私は大学へ行っていませんし、高校も普通科でしたから、25歳で教育の仕事に関わるようになったのは、ほんとうに偶然のことで、成り行きまかせの結果と私自身も長い間思っていました。でも、もしかすると、そうではないんじゃないかと考えを改めなければいけないような父の言葉を思い出したのです。それは、歌舞伎役者だった祖父のつれあい、つまり私の祖母にあたる人は、名古屋第一高等女学校の師範科(いまの菊里高校)をでて先生の仕事をしていたことがあり、駆け落ちをして一緒になったんだ、と。

祖母がいったいどんな場所で、何を教えていたのか、どんな先生だったのかまでは聞かされておらず、父が亡くなってしまった今、それを確かめることは叶わないのですが、いま自分がしていること、自分が選んでいると思っていることであっても、それは実は、先祖代々の人々想い、いや別段血が繋がっていなくとも、広い意味でいうなら、亡くなった多くの先人たちの想いが今も脈々と生きていて、そうした想いが自分にそうさせているんじゃないか、と。

人間は今自分が生きているうちに、こうしたい、ああしたい、自分の目の黒いうちに何とかしなければ・・・という風に考えがちなのですが、そんなに気張る必要はなく、今思っていることが、たとえ自分が生きている間に実現することはなくても、後世のだれかがいつか形にしてくれるかもしれない。とすると、何をしているか、何をしたか、ではなく、日々何を思い、どう生きているかの方が大事なのかな、と。そうした脈々とした一人ひとりの想いの連なりというものが、人間の歴史なのかもしれない・・・亡き父の誕生日をきっかけにそんな事を思ったんですが、いかがでしょうか。
posted by Akinosuke Inoue 12:30 |-|-|pookmark





義父の一周忌に映画「ゆずり葉」を観る

※散歩18日め

昨日11/14の午前中は、妻の実家に親類縁者が集まり、昨年11/15に亡くなった義父の一周忌法要を行いました。

あれからもう1年が過ぎたと思うと、本当にあっという間です。

法要は12時過ぎに終わり、昼食をよばれて、午後2時から大府市役所B1ホールで行われる映画「ゆずり葉」の上映会に向かいました。

妻が映画「ゆずり葉」が観てきた話は、一ヶ月ほどまえ10/19の記事に書いたのですが、なぜこの映画のタイトルが「ゆずり葉」であるのか、その意味するところが、映画全編を観てはじめてきちんと理解することが出来ました。

ゆずり葉の名前の由来は、こちらのウィキペディアの記述にもあるように、春に枝先に若葉が出たあと、前年の葉がそれに譲るように落葉することからきています。

親から子へ、そして子から孫へと、いのちのバトンは連綿と引き継がれていきますが、「ゆずり葉」とは、そうした象徴であるわけです。

私もいずれは、この世を去って行くわけで、子どもたち、次世代の人々に引き継ぎたいと思うこととはいったい何だろう?と考えさせられました。

義父の一周忌法要の日の午後、この映画を観ることができたというのが何とも奇遇です。

あまり書くと、映画のネタバレになってしまうので、詳しくは書きませんが、皆さんもぜひ機会を見つけてご覧下さい。

全日本聾唖連盟創立60周年を記念して制作されたこの映画は、聴覚障がいをもつ映画監督が自ら脚本も書き、社会運動的なメッセージの部分もありますが、「障がい者問題の映画」という枠内だけで見て欲しくない、素晴らしい映画です。

三重県内での上映はしばらく予定がないようですが、愛知県での来年1月までの上映スケジュールを以下に紹介しておきます。他地域については映画「ゆずり葉」のホームページをご覧下さい。

◆11月21日(土)
 時間:【1】10:00 【2】14:00
 会場:愛知県・岡崎市せきれいホール
◆11月22日(日)
 時間:14:00〜
 会場:愛知県・田原市文化会館多目的ホール
◆12月19日(土)
 時間:14:00〜
 会場:愛知県・碧南市芸術文化ホールシアターハウス
◆1月9日(日)
 時間:14:00〜
 会場:愛知県・三好町勤労文化会館サンアート小ホール
◆1月10日(日)
 時間:10:00〜
 会場:愛知県・名古屋市女性会館ホール
◆1月31日(日)
 時間:14:00〜
 会場:愛知県・日進市民会館
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エキサイトバザール 行ってきました




今日は、ずっと懸案だった家の物置の片付けをして、午後からは、まんまる座の演奏を聞きにエキサイトバザール四日市(桜祭り)に行ってきました。

例年、このイベントの時には桜が散り始めていることが多いのですが、今年はちょうど満開のタイミングでした。

昨日は雨が降って寒く人出も少なかったらしいのですが、今日は晴れて温度も上がり、三滝ステージ周辺は沢山の屋台が出て盛況でした。

エキサイトバザール四日市は、平成4年4月4日の四日市と、4の数字が4つ並ぶ日の年にスタートしました。

まんまる座はほぼ毎年出演していて、30分ほどのステージを披露しています。

ことしは、水口囃子、百花、獅子舞、ぶちあわせ太鼓、伊勢音頭、えんだ囃子という演目で、ぶちあわせ太鼓では、長男が最初の叩きだしを務めました(2枚目の写真)。

長男が小学生のときに週1回通っていた桜小学校の難聴学級の先生が、長男の演奏を聞きに来て下さいました。

こうして成長を見守る方がいて下さるということが、何よりも有り難いことです。
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4/5(日)15:40〜16:10 まんまる座の和太鼓演奏

桜の季節ですね。

今年は例年よりちょっと開花が遅いようですが・・・

毎年恒例・四日市中心街の桜まつりであるエキサイトバザール四日市も今年で18回目になるそうですが、以下はまたこれも毎年恒例の親バカネタです(笑)。

一昨年のエキサイトバザールで和太鼓のステージデビューした長男も、この春からは中3になります。

最年少の座員であることにはかわりがないのですが、最近は、依頼演奏に出演する機会も増え、成長が著しいと、メンバーの皆さんからも誉めてもらっています。

四日市近辺の方、日曜日の午後にエキサイトバザールにお出かけの折は、三滝通りの特設ステージにぜひおいでいただき、演奏を聞いてやってください。

mixi私のトップページのビデオ映像を、一昨年前のエキサイトバザールでの演目から、三崎のぶちあわせ太鼓にしています。
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15回目の結婚記念日

今日は15回目の結婚記念日(水晶婚式)でした。

15年前も今日のように雪が舞う寒い日で、近鉄四日市駅の近鉄百貨店屋上にあるアートホールで、会費制の人前結婚式を挙げました。

当時はアートホールがオープンして間もない頃で、結婚式をするのは我々が初めてだったようです。

2次会が盛り上がって、婚姻届を市役所に出しに行くのを危うく忘れそうになり、23時50分頃に、時間外窓口の守衛さんに受けつけてもらって、ギリギリセーフだったことを思い出しました。

この15年間には本当にいろいろなことがありましたが、こうしてやってこられたのは、まわりの皆さんの支えがあってのことで、つくづく有り難いことだと思います。

これからもよろしくお願いいたします。<(_ _)>
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義父の初めての月命日でした

妻の父が亡くなって、今日でちょうど1ヶ月経ちました。

本当に早いものです。

亡くなって直後は、葬儀や法的な手続きなど、やることが山のようにあって、想いに浸るヒマもないのですが、暫く経って、だんだん実感がわいてくるものですね。

忌明けの法事は来週23日に行います。


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義父が亡くなりました

8月6日に腫瘍の摘出手術を受けた妻の父が、昨日の午後1時42分、入院していた病院で、義母、妻、妻の妹、叔父、叔母など親類縁者の見守る中、静かに息をひきとりました。76歳でした。

術後しばらくは元気にしていたのですが、9月下旬頃に脳出血を起こし、ここ1ヶ月ほどは意識がはっきりしない状態が続いていました。

妻は毎日のように病院に通って付き添い、最期を看取ることができたのがせめてもの救いです。



ここ1〜2ヶ月ほどは私の身辺にすべきこと、考えるべきことが山積し、さすがにオーバーフローを起こしてしまいました。

皆さんにご迷惑をお掛けしていますが、もう少しで落ち着くと思いますので、何卒ご容赦下さい。

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