往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。





早川義夫『いやらしさは美しさ』

いやらしさは美しさ

・僕は今、歌を歌おうとしている。才能はない。技術もない。なおかつ、あがり症だ。その僕がどうして人前で歌おうとしているのか、自分でもよくわからない。日常で言いそびれたことを、非日常の世界で吐き出したいのかも知れない。「弱さが正しいのだ」ということを証明したいのかもしれない。「この世で一番キレイなもの」が何なのか知りたいのだ。

 
・恋をした。僕は再び歌を作るようになった。ブランクとか技術とか才能は関係ない。下手だっていい。伝えたいこと、伝えたい人がいれば、歌は生まれて来るのだ。
・もしも、歌いたいことがなければ、歌わないことが、歌っていることなのだ。僕は「歌わなかった二十数年間、実は歌っていたんだね」と思われるように、歌を歌いたかった。

・淋しいから歌うのだ。悲しいから歌うのだ。何かが欠けているから歌うのだ。精神が普通であれば、ちっともおかしくなければ、叫ぶ必要も心をあらわにする必要も楽器を震わせる必要もない。歌わざるをえないから歌うのだ。

・では何を歌うべきか。自分の心です。自分にしか言えない言葉、自分にしか出せない音です。日常で喋れるなら歌は必要はありません。言葉にできない本当の気持ちを歌に出来たらいいなと思っています。

・美しいものは、どこかにあるのではなく、心の中に眠っているものなのだ。歌を歌うのが歌だとは限らない。感動する心が音楽なんだ。

・性格が滲み出てしまう顔つきが大切なのだと思う。人との接し方、ものの言い方、声にも性格は出る。優しい人は優しい口調だ。かっこつけている人はかっこ悪い。人のことは言えないが、見栄と自惚れがもろに表れると醜い。
・自分の意見は正しいと思ってもいいけれど、もしかしたら、間違っているかも知れないという謙虚さは持ち合わせている方がいい。勝とうとしている人は劣等感丸出しだ。

・昔つきあっていた彼女は、「どこに出してもいい」と言ってくれた。「やり逃げしてもいい」とさえ言われた。今思うと、愛そのものだった。「他の女の子を好きになったらどうする」と訊ねたら、「我慢する。悲しいけど」と笑っていた。彼女とはよく、「心はいったいどこにあるのだろうね」と話しあった。僕が「あそこ」かなと言うと、彼女は、「細胞のひとつひとつの裏側にひとつひとつ付いているんじゃない」と答えた。

・いい恋には発見がある。きっと人間としても成長する。僕はバカだから、彼女を都合よく愛していたのだろう、最後は、思いっきり振られてしまった。振られてから、あーもっと大切にすればよかったと、随分長く、悲しみ苦しんだ。どんなに時が過ぎても、恋はもう二度と出来ないだろうなと思うほどに。

・思い起こせば僕は数々の失敗を重ねてきた。あの時もああすればよかったこうすればよかったと悔やむことが多い。しかし、その時その時、自分なりに最善を尽くしてきたはずなのだから、それで良かったのだ。
・今の僕があるのは、愚かだったことも含めすべて過去のおかげだ。可能性は非常に薄いけれど、なおかつ、はたから見れば滑稽に映るだろいうけれど、これからも「女の子」に恋をしよう。それしか生きがいはないではないか。

・いい人がいい音を出し、嫌な人は嫌な音を出すはずだと思いたいのだ。心が歪んでいれば歪んだ歌しか作れないし、キレイな気持ちになれなければキレイな音は出せないのではないか。
・音を発する、言葉を発するということは、テクニックとは関係なく、隠しようもなく、本性が表れてしまうものだと思うのだ。

・僕に才能はない。技術もない。ステージ度胸もない。昔も今も音楽で生活できたことは一度もない。これからもない。それは自慢でも皮肉でもない。ではどうして、人前で歌おうとしているのかと言えば、歌を中途半端でやめてしまった気持ち悪さと悔しさみたいなものがあったからだ。そして、歌わなければ、誰かとつながりを持っていなければ、自分は犯罪者になってしまいそうだからである。

・説明などしなくても分かりあえるというのが理想だ。カメラや電化製品も説明書を読まずして、直感的に操作でき、手になじむのがいい道具だ。人間関係においてもそうだ。いちいち説明をしなければ、誤解を生むような間柄では、さびしい。犬や猫は愛という言葉を知らないのに、愛情だけで寄り添って生きている。そんな関係でいられたらと思う。

・いい音は呼吸をしているから生きている。身体の中を通って来るから濡れている。いい音楽は、自分は何者なのか、何のために生まれて来たのか、どう生きて行ったらよいのかを映し出す。歌を歌うということは声を出すことではない。楽器を奏でるということは音を鳴らすことではない。内臓を見せるのだ。悲しくて色っぽくなきゃ音楽じゃない。

・歌を作って歌うということはプロポーズと同じである。うまいへたは関係ない。自分の言葉と自分の音で表わさない限り、説得力はない。
・一回だけ、やりませんか。一回だけ、僕とやりませんか。一回だけ。もしも、お互いに気に行ったら。もう一回。もう一回、一回だけ。

・人間は弱い。特に男は弱い。女よりも弱い。たぶん頭も弱い。感受性も鈍い。いいところなしだ。ゆえに寂しい。偉そうなふりをするだけである。強そうなふりをするだけである。

・わかっているふりをするだけである。劣等感を持っている人ほど優越感を持ちたがる。かっこ悪い人ほどかっこつけたがる。この世はすべて逆だと思えばだいたい当たっている。

 

早川義夫『いやらしさは美しさ』(アイノア)より

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茨木のり子「生きているもの・死んでいるもの」 

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生きている林檎 死んでいる林檎
それをどうして区別しよう
籠を下げて 明るい店さきに立って

生きている料理 死んでいる料理
それをどうして味わけよう
ろばたで 峠で レストランで

生きている心 死んでいる心
それをどうして聴きわけよう
はばたく気配や 深い沈黙 ひびかぬ暗さを

生きている心 死んでいる心
それをどうしてつきとめよう
二人が仲よく酔いどれて もつれて行くのを

生きている国 死んでいる国
それをどうして見破ろう
似たりよったりの虐殺の今日から

生きているもの 死んでいるもの
ふたつは寄り添い 一緒に並ぶ
いつでも どこででも 姿をくらまし
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ガリレオ・ガリレイのことば

ガリレオ・ガリレイ

 

人にものを教えることはできない。

みずから気づく手助けができるだけだ。

 

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高橋洋一『数学を知らずに経済を語るな!』

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昨日のblogでご紹介した本田信英さんのふりかえり文に関連した本をもう1冊ご紹介。

 

「なんで数学を勉強するのかよくわからない」という声はしばしば耳にするんですが、そういう人にお勧めします。

算数ニガテ!数学ワカラン!という方は、この
『数学を知らずに経済を語るな!』をぜひ読んでみてください。
学生時代にもどってちょっとやり直してみようかな・・・って気持ちになれるかもしれません。
・・・って、明日から始まる授業の準備で手一杯のため今日は短く終わります。<(_ _)>
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あるがままを受け入れることと現状肯定の違い

為末大さんが2年まえの夏に書かれた「あるがままを受け入れることと、現状肯定の違い」というブログ記事があります。

 

この記事を読みながらまず最初におもいだしたのは、二村ヒトシさんが、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(文庫ぎんが堂)のなかで「自己受容」と「インチキ自己肯定」 と使い分けられていたことでした。

 

つまり、この「あるがままを受容する」という言葉はなかなか厄介で、「そのままの自分でイイんだ」という風に、現状をそのまま肯定することと誤解されやすいんですね。
 
「わからない、できない、考えない」をキャッチフレーズにしている寺子屋塾なので、わたしも「できない体験が大事」「できることを目的にしない」といった言葉をよく口にするんですが、「自己受容」ではなく、「そのままの自分でイイんだ」という風に解釈をされることもすくなくありません。

 

この「自己受容」とは、自分を肯定するのではなく、肯定も否定もしない・・・つまり、イイとか良くないとかいう自分の判断を手放すことで、自分の思考の枠組みから自由になることを言っていて、「現状肯定」とはまったく違うんですが、そのあたりのニュアンスはなかなか伝わりにくいなぁと。
 
人間生きていると日々いろんなことが起きます。

 

まわりの状況は常に揺れ動き変化していますし、そうしたおもいがけない出来事は、自分のあり方や生き方を考え直すきっかけというか、自分の良し悪しのモノサシの基準を問いなおすことにつながっているんですね。

 

でも、往々にしてひとは、いままで形作ってきた思考の枠組みに無自覚なまま日々を過ごしているため、目の前のできごとをそうした自分の思考の範疇でしか捉えられず、都合の良いように解釈してしまったり、自分の本心とちゃんと向き合うことなくやりすごしてしまったりすることがしばしばです。
 
そうです。大人も子どもも、だれもが例外なく、ほんとうは心の底では「できるようになりたい」とおもっているのです。ちがいますか?

 

まわりが自分をどう評価するかとかいうことと関係なく、いままでに無自覚のうちに形成されてきた価値観の刷り込みなどを排して「自分は本当はどうしたいのか?」と純粋に自身に問いかけたとき、「自分はできないままでいい」とおもうひとなどひとりもいません。

 

よって、「できない体験が大事」というのは、できないままでイイとおもっている故のコトバではなく、「できない体験」を、いままでもっていた、「できることがイイことで、できないのはよくないこと」といった判断のモノサシやおもいこみについて自分自身に問いかけ再考するきっかけとして欲しいんですが、ほとんどの人にそうした経験が過去にないようで、なかなか伝わりにくいんですね。
 
寺子屋塾の塾生のなかにも、できない体験をきっかけにさまざまな問いが浮かび、いままで自分の知らなかった側面を発見してどんどん変化していく人と、できないままでなかなか変化しない人とがいます。

そうした、できない状態のままでなかなか変化していかない人たちには、できない原因を「仕事が忙しい」「気分がすぐれない」など外的環境や条件のせいにして自分自身を観ようとしていなかったり、逆に、外的な環境条件を問うことなく目の前に起きている現象のネガティブな側面ばかりにフォーカスし過ぎて必要以上に自分を責め、やろうとする気力自体を失わせてしまっていたりという、いくつかの共通点があることもわかってきました。
 
結局、不条理なのは世の中の方ではなく、私たちの頭の中の思考であって、自分を苦しめているのは他でもない自分自身なんですね。

 

でも、このことがほんとうに腑に落ちると、為末さんが終わりのほうで書かれているように、「考えても仕方がないことは考えるのを止め、目の前のことをたんたんとやりつづける」という所へ行けるような気がするんですが、いかがでしょうか?

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柄谷行人『マルクスその可能性の中心』序章(その2)

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(その1)の続きです。

たとえば、モンテーニュのような思想家は反体系的な思想家の代表のようにみえる。われわれはモンテーニュのいうことをまとめてしまうことはできない。そこには、エピキュリアンもいれば、ストア学派もおり、パスカル的なキリスト教徒もいる。だが、それはけっして混乱した印象を与えない。注意深く読むならば、『エセー』のなかにはなにか原理的なものが、あるいは原理的にみようとする精神の動きがある。『エセー』がたえず新鮮なのは、それが非体系的で矛盾にみちているからではなく、どんな矛盾をも見ようとする新たな眼がそこにあるからだ。そして彼の思考の断片的形式は、むしろテクストをこえてあるような意味、透明な意味に対するたえまないプロテストと同じことなのである。

彼はこういっている。

わたしは低い輝きのない生活をお目にかける。かまうことはない。結局それは同じことになる。道徳哲学は、平民の私の生活の中からも、それよりずっと高貴な生活の中からも、全く同じように引き出される。人間はそれぞれ人間の本性を完全に身にそなえているのだ。世の著作者たちは、何かの特別な外的な特徴によって自分を人々に伝えている。わたしこそ初めて、わたしの全体によって、つまり文法家とか詩人とか法律家としてではなく、ミシェル・ド・モンテーニュとして、自分を伝えるのである。もし世の人たちが、わたしがあまり自分について語るといって嘆くならば、わたしは彼らが自分をさえ考えないことをうらみとする。

これは逆説であって、実は、モンテーニュはいわゆる自分のことなど書いてもいなければ考えてもいない。むしろ、世の人たちはあまりに自分のことばかり考えていると彼はいっているのである。

わたしこそ初めて、とモンテーニュがいうとき、彼は「自分」というものが主題となりうることを初めて見出した確信を語っているのだ。これまでの著作に対して、モンテーニュはいいえただろう。君たちは哲学者とか詩人として、人間について精神について語ったかもしれないが、まだ何も語ってないにひとしい。どんな説明も規定も解釈もうんざりだ。私は「自分」というありふれた、しかも奇怪なものについて語る。それに対してはどんな予断も躊躇も遠慮もしない、と。

モンテーニュが描き出したのは、「人間」に関する従来のさまざまな観念ではなく、いわばその内的な構造なのである。「人間」に関するどんな観念もモンテーニュの前ではこわれてしまう。しかし彼がそのことにすこしもおびえなかったのは、宗教や哲学がみいだす「人間」は「意味されるもの」にすぎず、その底には「自分」という奇怪な「意味するもの」がありそれがすべてだと考えていたからである。いいかえれば、主体でも自己意識でもなく、逆にそれらがそこから派生してくるような「自分」がある。それはいわゆる自分ではなく、彼が引用するテクストそのものである。

マルクスは『資本論』についてつぎのように書いている。

 
商品は、一見したところでは自明で平凡な物のようにみえる。が、分析してみると、それは、形而上学的な繊細さと神学的な意地悪さとにみちた、きわめて奇怪なものであることがわかる。

それまでの経済学者は、眼にうつるかぎりのカテゴリーを整理してすでに経済学の体系を組み立てていた。マルクスはその諸カテゴリーを継承しそれを批判的に再構成したといえるが、しかしもっとも単純で何の変哲もないただの商品に、「形而上学的な繊細さと神学的な意地悪さ」をみいだす眼は、もはや経済学者のものではない。どんな経済学者も、否むしろ経済学者の方こそ、こんなものを自明のものとして通りぬけるだろう。

貨幣が、シェークスピアが『アセンズのダイモン』で省察したように、なにとでもとってかわりうる怪物であり、さらに資本が「利子を生む資本」として自己増殖する怪物であることは、だれにでもわかる。だが、マルクスはまず商品からはじめる。「自明で平凡な物」からはじめるのである。それはたんに叙述の都合からではない。ヘーゲルの体系においては直接的なものは抽象的で空虚なものにすぎない。しかし、『資本論』において、この最も単純な商品の奇怪さは、叙述のどの段階にいても存続しいわば姿を変えてふくれあがっていくのであって、さきのことばこそ全体の鍵である。

『資本論』という作品が卓越しているのは、それが資本制生産の秘密を暴露しているからではなく、このありふれた商品の爐わめて奇怪な畧質に対するマルクスの驚きにある。商品は一見すれば、生産物でありさまざまな使用価値であるが、よくみるならば、それは人間の意志をこえて動きだし人間を拘束する一つの観念形態である。ここにすべてがふくまれている。既成の経済学体系は、ありふれた商品を奇怪なものとしてみる眼によって破られた。マルクスは、初めて商品あるいは価値形態を見出したのだ。


柄谷行人『マルクスその可能性の中心』(講談社学術文庫)より
COMMENT:表紙の写真は1990年に出た現行の学術文庫版ではなく1985年に出版された講談社文庫版を載せました。講談社文庫版には、学術文庫では除かれた、著者自身による16ページにおよぶ「文庫版へのあとがき」と笠井潔さんの15ページにおよぶ解説というガイドがあります。初めて柄谷さんの著書にチャレンジしてみようという向きには講談社文庫版をオススメしますが、Amazonで検索しても古本でも出てきませんので、入手するのが難しいかもしれません。
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柄谷行人『マルクスその可能性の中心』序章(その1)

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ひとりの思想家について論じるということは、その作品について論じることである。これは自明の事柄のように見えるが、必ずしもそうではない。たとえばマルクスを知るには『資本論』を熟読すればよい。しかし、ひとは、史的唯物論とか弁証法的唯物論といった外在的なイデオロギーを通して、ただそれを確認するために『資本論』を読む。それでは読んだことにはならない。“作品”の外にどんな哲学も作者の意図も前提しないで読むこと、それが私が作品を読むということの意味である。

 

『資本論ー経済学批判』は、経済学史においてはすでに古典である。それは二つのことを意味する。一つは、この書物はそれが表示する世界や知識が古びたということに応じて古びているということであり、もう一つは、エピクロスやスピノザを読む場合と同じように、犖電記瓩鯑匹爐箸いΔ海箸蓮△垢任砲修里茲Δ奮扱舛鯡技襪靴董△修硫椎柔の中心において読むことにほからないということである。

 
マルクスは次のようにいっている。

 

 

僕は病気のあいだに君の『ヘラクレイトス』を十分に研究して、散逸した体系を組み立て直す仕事がみごとにできていると思うし。また論争にみられる鋭い洞察にも感じいった。(中略)君がこの仕事で克服しなければならなかった困難は、僕も約18年前にもっとずっとやさしい哲学者エピクロスについて似たような仕事――つまり断片からの全体系の叙述をやったので、僕にはよくわかっている。ついでだが、この体系については、ヘラクレイトスの場合と同じように、体系はただそれ自体エピクロスの著作にあるだけで、意識的な体系化のなかに存在しなかった、と僕は確信している。その仕事に体系的な形を与えている哲学者たち、たとえばスピノザの場合でさえ彼の体系の本当の内部構造は、彼によって体系が意識的に叙述された形式とはまったくちがっている。(1858年5月31日ラッサール宛書簡)

 


マルクスの洞察は、ただたんに過去の思想家についてだけあてはまるのではない。彼が『資本論』でやった仕事は、まさに資本制社会の意識的な体系化(古典経済学)の批判であり、「資本社会の内的構造」を照明することだったからだ。とすれば、彼のこの牾凌瓩砲蓮△修譴泙任泙醒も想達しなかったようなある省察がひそんでいるといいうるのである。
 

だが、それについてはのちにのべるだろう。今いうべきことは、前の言葉がマルクスの作品についてもあてはまるということである。彼がいうように、ある思想家を、その外形が体系的であるか断片的であるかによって区別することは無意味である。どんな反体系的な思想家も、内的な意味で体系的であり、そうでなければ彼は思想家ではない。要するに、それは彼がものごとを根底的(ラディカル)に考えることをしなかったということを意味するだけだからだ。(→その2に続きます)

 


柄谷行人『マルクスその可能性の中心』(講談社学術文庫)より

COMMENT:のっけから「そもそも、ひとりの思想家の著作を読むとは、いったいどういうことなのか?」というような根源に迫る問いから始まる柄谷行人さんの評論文『マルクスその可能性の中心』の冒頭部分なんですが、かつてわたしが20代だった頃、この本を初めて手にしたときには、内容がまったく理解できなかったこの本も、その洞察の深さがハンパでないということが最近になってようやく感じ取れるようになってきました。
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『恋する春画 浮世絵入門』より

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本書は、書店での立ち読み断念、挙動不審で親バレ、レジにイケメンがいたので購入躊躇など、嬉しい悲鳴(?)が相次いだ『芸術新潮』7年ぶりとなる春画特集「恋する春画」(2010年12月号)を再編集したものです。これまで女性読者には敷居が高いと思われていたテーマである春画について、まずは手に取るところから始め、本来の魅力を知ってもらうために立てた企画でしたが、期せずして女性ばかりでなく、多くの読者にとって「目ウロコ」な特集となりました。


日本ではいまだに「春画」というと、ひと目を憚るもの、声を潜めて語らなければならないもの、罪深いもの、淫靡で卑猥な恥じるべきもの、という感覚が強く残っていますが、これは明治以降に西洋から持ち込まれた、キリスト教的道徳観に裏打ちされた見方。江戸時代までの日本人にとって、「性」は恥ずべきものでも隠すべきものでもありませんでした。本書ではそうした春画へのタブー意識を取り払い、「読む」「笑う」という、従来あまり注目されてこなかった、しかし江戸時代の庶民にとっての「リアルな春画」を理解する上で非常に重要な要素を、大きく採り上げています。そしてよくよく見てみれば、ナンパあり、不倫あり、コスプレあり、BL(ボーイズラブ)あり、コメディあり、悲劇あり、ファンタジーまである百花繚乱の大江戸春画ワールドは、現代とも地続き。「遠くのTVドラマより近くの春画」というわけで、下駄履きご近所感覚でお楽しみいただければ幸いです。(橋本麻里)

 


橋本麻里編 早川聞多 橋本治 赤間亮『恋する春画 浮世絵入門』(新潮社・とんぼの本)より 編者によるまえがき

 


COMMENT:3/8付けの記事「教えない性教育、実践のための参考本20」で紹介した1冊。江戸時代の春画は「笑い絵」と呼ばれ、男性だけのためのポルノグラフィーではなく、嫁入り前の娘も共白髪の夫婦も、老若男女問わず親しんでいたとのこと。編集者であり永青文庫副館長でもある橋本麻里さんが3人のエキスパートを案内人に迎え、成り立ちから「書入れ」の読み方まで、女子の視点で明るく読み解く春画入門書。

一昨年2015年暮れに永青文庫にて行われた「SHUNGA春画展」の入場者数が18万を超えたことを報じる記事に橋本さんへのインタビューがありましたので、こちらもご覧ください。
 

 

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おまけ:橋本麻里さんへのインタビュー映像(JAPAN HOUSE)
 

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世の中は心一つのおきどころ、楽も苦となり苦も楽となる

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昔々、南禅寺の門前に「泣き婆さん」と言われた婆さんがいました。雨が降れば泣き、天気が好ければ泣く、降っても照っても、いつも泣いているから、南禅寺の和尚さんが不審に思い、

 


「一体、お前はなぜそう泣くのか」

 


と、尋ねると、婆さんの言うことには、

 


「私には息子が二人います。一人の息子は、三条で駒下駄屋をやっています。今一人の息子は、五条大橋の側で雨傘屋をやっています。ところが、天気の好い日には傘屋の方はサッパリ商売になりませんから、誠に可哀そうでなりません。また雨天になると、駒下駄屋をやっている方は少しも店があたりませんので、息子がきっと困っているだろうと思いますと、はや泣くまいと思っても泣かずにはいられません」 といいます。

 


なるほど・・こんな風に考えたら、一生泣き通しているより仕方がない。そこで和尚さんが、

 


「なるほど、聞いてみれば一応は尤もなようだが、そう考えるのはお前が下手だ。わしが一つ、一生涯、嬉しく有難く暮らせるような方法を教えてあげよう」

 


とおっしゃると、その婆さん、

 


「そんな結構なことがあるなら、是非一つ聞かしてくだされ」

 


という。そこで和尚さんが言うことには、

 


「世の中の禍福は、糾(あざな)える縄のごとしというて、禍(わざわい)と福(さいわい)とは必ず相伴うものである。世の中は、幸福ばかり続くものでなければ、また不幸せばかりあるものでもない。お前は不幸せな方ばかり考えて、幸せの方を一向考えないから、そのように泣きどうしなのだ。天気の好い日は、今日は三条通りの駒下駄屋の店は千客万来で、目の回るほど繁昌すると思うがよい。雨の降る日には、今日は五条の傘屋の店は売れるは売れるは羽が生えて飛ぶように売れる。とても一人や二人の丁稚では忙しく
手が届かないというように思ったらよい。こう考えたら、天気は天気で嬉しかろう。降れば降ったで嬉しかろう」

 


と話したので、その泣き婆さん、それからは楽しく暮らしたということです。


世の中は心一つのおきどころ、楽も苦となり苦も楽となる。
 

※加藤咄堂『修養全集』(講談社)より

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野口晴哉『健康生活の原理 活元運動のすすめ』より(その3)



8/10に書いた記事(その2)の続きです


まだ他にもいろいろの問題があります。

たとえば、心臓を研究する人は心臓ばかりを研究する、胃袋を研究する人は胃袋ばかりを研究する。そしてそれらを集めたものが人間の体だと思いこむ。そこで、それぞれの知識をみんなで持ち寄れば人間が丈夫になるというように考えています。

けれども人間というものは、もともといろいろの部品が集まってできたものではない。胃袋と心臓と肺臓と……いわゆる五臓六腑、四肢五体が集まって出来あがったものが人間ではない。はじめは一箇の生殖細胞を創る以前のある働きであった。それが発展してほうぼうから必要な栄養物を摂取して育ってきたもので、胃袋も心臓もみんな一つのものなのです。元は一つのものとして考えなければならない。だから、この人の心臓は丈夫だとか、胃が弱いとか、どこが悪いとかいうのは言葉のテクニックであって、やはり体全体が一つの生命として生きているというところから入っていかないと、人間の健康問題を正しく理解することはできません。

私は医学的な考えというものも、あるいは体の解剖学的構造というものについて、何も学ばない十代のころから、大勢の人に愉気をし、また活元運動を誘導して健康を保つように指導してきました。痒いところを掻くと痒みが止まるようなものだったのでしょう。そのための体の構造も知らなければ、何を食べたらよいか、そういうことも知らないのに、相手を健康に導き得たのです。

何を基準に導いたか。強いていえば、人間はどうして生きているのか、生きている力を潑溂(はつらつ)とさせるにはどうしたらよいか、人間の勢いということ、気の集注分散の波、ただそれだけを見つめ、その勢いを使って、さらにかくれている勢いを誘い出す、それだけのことを目標にしておりました。これは今日でも変わりありません。長いあいだ、いろいろなことをやっても結局生きられないような人も見てきました。何もしないのに丈夫に生きている人も見てきました。その理由をいつまでも考えました。だから私の知識は五十何年、一つ所へ坐りこんで、来る人の体を丁寧に観察し、その裡(うち)にある勢いと、その勢いのもたらす体の変化だけを一人一人、調べ考えてきただけなのです。

丁度、独楽(こま)を回すと立っているのと同じです。独楽の構造をいくら調べても、静止の状態で立っておれるはずがない。けれども回転していると立っている。なぜ立つのか判らないが、勢いが弱ってくるとふらついて倒れてしまう。それゆえ、立っている姿によって、その力がどう働いて立っているのかが判る。その回っている力、つまり勢いを加減して角度を変えることによってだけ、体を丈夫にし得るということを会得したのであります。私の知っているのはただそれだけなのです。

ですから、わたしの言う日常生活の常識というものは、勉強して作った日常生活の常識とは、かなり違いがありはしないかと思うのです。もしあるとすれば、私の知識が人間の外側から追いかけたのではなく、裡にある働き、見えないものから出発しているからであります。


野口晴哉『健康生活の原理 活元運動のすすめ』(全生社) 健康生活の原理より

 

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