往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。





『ひとり 15歳の寺子屋』52回めを読み終えて

 


吉本さんの『ひとり 15歳の寺子屋』を読みました。
 

 

今までにもこちらの記事などでご紹介しているので、読むのは今日が初めてではありません。
 
この本を「100回繰り返し読む」と決めたのは、いつだったか正確に記憶していないのですが、以来写真のように1回よむ毎に正の字で一本ずつ記入するようにしてます。
 
通算で52回めを数える今日も、やっぱりなにがしか新しい発見があって、「あまりに好きすぎて、だれにも読ませたくないっ!」てくらいのお気に入り本になってしまいました。(^^;)
 

 

100回繰り返し読んでみようっておもったきっかけは、吉本さんが『日本語のゆくえ』という本で、「1冊の本を100人の人に読ませたら、100通りの感想や意見が返ってくる。でも、その100人が100回ずつ読んだら、その感想や意見はほぼ一致するようになってきて、作者の考えに近づいていくのではないか」というところを読んだことからです。


 
ただ、この本について1点だけ難点をいうと、各章の見出しを「〜時間目」と学校の授業をおもわせるようなスタイルにしたところだけは止めて欲しかったですねぇ・・・


 

 

 

 


犹子屋瓩辰討いμ樵阿蓮⊂学校の社会科の教科書にも出てきますから、知らない人はほとんどいません。
 

 

それで、今日でも教育の場の代名詞としてかなり頻繁に使われるんですが、ちょっと安易に使われすぎるきらいがあるようにおもっています。
 

 

わたしも寺子屋を屋号としていますし、寺子屋塾ってネーミングは、どこにでもありそうな名前にしたいという気持ちもありました。
 

 

でも、実際、この記事などでも紹介されているように、江戸期以前の寺子屋では、一斉授業がまったく無かったわけではないようですが、自学自習、個人別学習という形が中心だった寺子屋は、明治以後にできた学校とは似て非なる存在なんですね。

 


 

さて、だいたいこの1冊を1時間ぐらいあれば読めるってことは分かってたんですが、今日は1回読むのにどれだけかかるか、
正確にタイマーで計ってみるということをやってみました。
 

 

結果は44分33秒。
 
今ではこの本のどこに何が書いてあるかほとんど覚えてしまっているぐらいですから、もちろん、最初の頃よりは読むスピードがずいぶん早くなっているんですが、これからもきっともっともっと早く読めるようになっていくことでしょう。

 

 

同じ本を繰り返し読む・・・繰り返し読むにあたいする素晴らしい本にたくさん恵まれてきたわたしですが、それでもさすがに100回読んだことはなく、たぶんこの本が初めての体験になります。
 

 

さてさて、100回読んだときにはわたしにいったいどんなことが起きるのか、今からワクワクしますね。(^^)/

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三宅陽一郎さんのことば

内面において戦えない者が、

自分の外に戦いを持ち出す。

 

持ち出された戦いは互いに連鎖し、

やがて大きな戦禍を巻き起こす。

 

巻き起こされた戦禍は罪なき者を引き込み、

暴力の連鎖に繋げる。

 

内面における自分との戦いこそ

偉大で豊かな成果をもたらす。

 

教育が教えなければならないのは、

このことである。

 

※三宅陽一郎さん(ゲームAI開発者)のことば

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自灯明・法灯明(『ブッダ最後の旅』より)

ブッダ最後の旅

第2章 9.旅に病む ベールヴァ村にて
「アーナンダよ。修行僧たちはわたくしに何を期待するのであるか?わたくしは内外の隔てなしに(ことごとく)理法を説いた。完(まった)き人の教えには、何ものかを弟子に隠すような教師の握拳(にぎりこぶし)は、存在しない。『わたくしは修行者のなかまを導くであろう』とか、あるいは『修行僧のなかまはわたしに頼っている』とこのように思う者こそ、修行僧のつどいに関して何ごとかを語るであろう。しかし向上につとめた人は、『わたくしは修行者のなかまを導くであろう』とか、あるいは『修行僧のなかまはわたしに頼っている』とか思うことがない。向上につとめた人は修行僧のつどいに関して何を語るであろうか。
 アーナンダよ。わたしはもう老い朽ち、齢をかさね老衰し、人生の旅路を通り過ぎ、老齢に達した。わが齢は八十となった。譬(たと)えば古ぼけた車が革紐の助けによってやっと動いて行くように、恐らくわたしの身体も革紐の助けによってもっているのだ。
 しかし、向上につとめた人が一切の相をこころにとどめることなく一部の感受を滅ばしたことによって、相の無い心の統一に入ってとどまるとき、そのとき、彼の身体は健全(快適)なのである。 」
 それ故に、この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ。では、修行僧が自らをたよりとして、他人をたよりとせす、法を島とし、法をよりどころとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころととしないでいるということは、どうして起こるのであるか?
 アーナンダよ。ここに修行僧は身体について身体を観じ、熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
 感受について感受を観察し、 熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
 こころについて心を観察し、熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
 諸々の事象について諸々の事象を観察し、熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
  アーナンダよ。このようにして、修行僧は自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしないでいるのである。
  アーナンダよ。今でも、またわたしの死後にでも、誰でも自らを島とし、自らをたよりとし、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとし、他のものをよりどころとしないでいる人々がいるならば、かれらはわが修行僧として最高の境地にあるであろう、----誰でも学ぼうと望む人々は----。」  
 
第3章 13.死別の運命
  そこで尊師は修行僧たちに告げられた、「さあ、修行僧たちよ、わたしはいまお前たちに告げよう、-----もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠けることなく修行を完成なさい。久しからずして修行完成者は亡くなるだろう。これから三カ月過ぎたのちに、修行完成者は亡くなるだろう」と。
 尊師、幸いな人、師はこのように説かれた。----
 「わが齢は熟した。
  わが余命はいくばくもない。
  汝らを捨てて、わたしは行くであろう。
  わたしは自己に帰依することをなしとげた。
  汝ら修行僧たちは、怠ることなく、よく気をつけて、
  よく戒めをたもて。
  その思いをよく定め統一して、おのが心をしっかりとまもれかし。
  この説教と戒律とにつとめはげむ人は、生まれをくりかえす輪廻をすてて、
   苦しみも終滅するであろう」と。
 
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「力」の捉え方(野口三千三のことば)

野口体操_羽鳥操.jpg

 


●「力」の捉え方

 

力を抜けば抜くほど力が出る。


「力を抜く」ということを主題として教えられたことがなく

「力を入れる」ということの本質を考えたこともない。

 

ただ、「頑張れ」と言われ続けただけだという人が多い。
 

「力を抜く」という事実とその実感が分からなければ

「力を入れる」という事実も実感も分かりようがない。

 

この基礎的事実と実感のないところでは、

どんな理論も実技も空論となり、無意味なものとなる。


力とは常に流動変化するなかで、

その時その場における「丁度よさ」が分かる能力のことである。
 

 

※野口体操創始者・野口三千三のことば

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五木寛之『愛について 人間についての12章』

五木寛之_愛についての12章.jpg

 


マニュアルをほしがる風潮はなにもセックスに関することだけに限りません。生身の人間を扱う医療や教育の現場でもその傾向が強く、しばしば大きな混乱をおこしています。最近の小学校の出来事です。生徒からきわめて無邪気に何の悪意もなく、「先生、どうして人を殺してはいけないんですか」という質問が寄せられて、先生たちはその都度立ち往生してきた。そこで、教育関係者たちの集まりで、そういう質問に対する模範解答を作ってほしい、対処の方法について具体的なガイドラインを設定してほしいという意見が数多く寄せられたというのです。

その話を漏れ聞いて、非常にびっくりしました。そのような質問に先生たちが答えられないのは当然です。そこで、「ほんとにどうして殺しちゃいけないんだろう。戦争だと殺さなきゃいけないのにな」と一緒に頭を抱えてもいいでしょう。絶句して、立ちすくんでもいいでしょう。「なに言ってるんだ。そんなこと当たり前じゃないか」と、信念を持って一喝する手もあるでしょう。教師がそれぞれの心の声にしたがえば、さまざまな答えが生まれて当然です。そのときの率直な、正直な対応の仕方こそ、子どもに対する大切な教育なのではないでしょうか。

画一的にひとつのスタイル、ひとつのノウハウ、ひとつのガイドラインというものを設定して、そのマニュアルにしたがって生徒に答えを与える、そうなってしまったら、それこそ人間性は殺されてしまっているといっていい。

 

そのような(マニュアル的な)機械的な教育が横行しがちな中で、一人の人間的な教師の話を聞いて、とても感動しました。それは、伝統ある私立小学校の性教育の時間のことです。男女共学のその学校では、4年生のときに、男女別々に、理科の先生からセックスについての話を聞くのが慣わしでした。最近のませた小学生は10歳になるかならないかでも、すでに、セックスとはどんなことをするのかという知識は持っているそうです。そして、腕白坊主の何人かは、独身の理科の教師が答えにくいことを聞いて困らせてやろうと手ぐすね引いて待っていました。教師がひとしきり、人体図を見せながら男性の性というものを科学的に説明し終わると、一人の子どもが手をあげて、質問したそうです。
「先生はどんなときに、おちんちんが大きくなるんですか?」
独身の先生はその質問にちょっとたじろいだものの、こう答えました。「好きな人と一緒にいるとき」。その素直で率直で自然な答えに、いたずら坊主たちは息を呑んで静まったといいます。彼等は一瞬ひるんだ態勢をすぐに立て直して、重ねて聞いてきたそうです。
「女の人とセックスすると、気持ちがいいんですか」先生は答えました。「好きな人を大切に思いながらすると、気持ちがいいし、そうでもない人と、遊び半分にすると、あんまり楽しくないんじゃないかな」と。

自分たちの質問の意図を承知しながら、それを真正面から受け止めて、人生の大切なことを教えてくれた先生の率直な心は生徒達にストレートに伝わりました。もうだれもからかったり、嬌声をあげて騒いだりしなかったそうです。深い温かい感動がクラス全体に静かに流れて行ったそうです。子どもたちの良心は目覚め、確かになにかをつかんだのではないでしょうか。


マニュアルなしで、ガイドラインを持たずに、ひとりで生徒たち向かい合った先生の自然さ、率直さの中には、学ぶべき点がたくさんあるように思います。このような自然な気持ちで、自分たちの性をもう一度見直すことは、とても大事であると感じているのです。繰り返し言いますが、人間には百人百様の生き方があります。こういう生き方が望ましい、こういう生き方でなければならないという決まりはどこにもないはずです。それと同時に、百組の恋人同士には、百の愛の形、ラブスタイルがあるのだと私は思うのです。
 

五木寛之『愛について 人間についての12章』(角川書店・2003年) 第12章 新しい愛の形 より

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吉本隆明が語る親鸞

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糸井:どうしても人は「善悪」を大きな判断基準にしてしまいがちですが、東日本大震災が起きて、多くの人が「実はそんな単純な話ではない」ということに気づき始めたんじゃないかと思います。でも、「じゃあ、一体どうすればいいの?」というところで戸惑い、立ち止まってしまっているんじゃないかという気もするんです。価値判断のよりどころを、見失ってしまったというか。
 
吉本:その点に関して、親鸞ははっきり言っています。「善悪の問題を、第一義のことと錯覚してはいけない」とね。何かをしたほうがいい、あるいはしないほうがいいといった判断を「善悪」に基いてしてしまうと、どうしても自己欺瞞に陥ってしまいます。そうではなく、「人には『契機』というものがあり、それによって、『おのずから』何かをしたいと思ったらすればいいし、したくないと思うならしなくていい。そう考えればいいんだ」と言っています。「自然法爾」という言葉が仏教用語にありますが、これはまさに、人為ではなく、あくまでも「おのずから」に任せる、つまりは他力という状態でものごとを考えるということで、親鸞の考え方の、ひとつの核となる部分だと思います。
 
糸井:いま仰った「契機」に関しては、『未来に生きる親鸞』で詳しく解説されていますし、『親鸞から見た未来』で言及なさっている「緊急の課題」と「永遠の課題」という喩えについても、今日のお話をふまえた上で読んでみると、また新たな発見がある気がしてきました。
 
吉本:親鸞の思想というのは、現代、そして未来にも通用する部分がたくさんあると思います。「契機」についてもそうですし、「死」というものをどう捉えていくか、という点についてもそうです。いまひとつだけ申しあげるとすると、親鸞は「死」というものを、「あの世」と「この世」の中間に移したと言えるでしょう。その場所がいわば「浄土」であり、そこに往って還ってくる視線が、とても大事になってくるわけです。そうすることによってはじめて、「親鸞がいまに生きていたらどう考えるだろう」ということを、実感として語れるようになっていくのだと思います。

 
糸井:中世に生きていた頃の親鸞が出した結論を、そのまま援用するのではなく、親鸞がいま生きていたと仮定して、そこから考えてみるということですね。
 

吉本:その通りです。かつての教えをいまに当てはめるのではなく、かつて用いたであろう思考法を、現代ならではの視点をふまえて、もう一度たどってみることが大切なんです。
 
糸井:だとすると、親鸞がなぜそのような思考にたどり着いたのかを見極めることが重要になってきて、それにはやはり、京都を出てからの親鸞について、思いをめぐらせてみる必要がありますね。
 
吉本:過酷な暮らしをしていたと思いますよ。新たな土地ばかりを歩いていますからね。僻地を歩いて自分で開拓をしたり、時にはふつうの農民と同じく畑仕事もしていますからね。
 
糸井:京都を離れて越後や常陸まで赴いた道のりや、その地で僧侶として果たしていた役割を改めて想像すると、非僧非俗という考え方も、妻帯や肉や魚を食べることも、不思議ではない気がします。
 
吉本:そうですね。僧侶が妻帯するという習慣は平安の頃から始まってましたが、淫乱は、独特の言い方で妻帯について語っています。たとえば、「自分は人に教えることが好きだった。それに女の人が好きだった」と公然と語り、「そのふたつの要素があったから、自分はふつうの人にはなれなかったし、それが自分の弱点だ」と言っています。ふつうの人というのは、土地を耕したり、工事をしたりする人ということですが、自分は人にお説教をすることが好きで、生涯やめられなかった。その一方で、戒律を設けて独身を守れなかった。行く場所場所で奥さんを見つけて、一緒に生活をしていた。そのふたつの点において、自分はふつうの人にもなれなかったし、本格的な坊さんにもなれなかった、と言っています。
ふつうの坊さんにとは考え方がまるで反対ですね。「駄目なんだ」と言っていますが、実はそこがすごいところなんですけどね。ふつうの坊さんは、どこかに座って寺に弟子を集めて、勢力を拡げようと考えていましたが、親鸞は逆で、「自分は『ふつうの人になりたい』とつとめてきたんだけど、女の人と、人にものを教えることが好きで、それをやめられなかったことにより、ふつうの人よりも堕落した人間なんだ」という独特の自己評価、つまり非僧非俗であると判断を下しているわけですから。
 
糸井:ふつうの坊さんなら隠そうとしますよね。でも親鸞は、それを一切隠さないで、あからさまにしているところがすごい。
 
吉本:そうなんです。そこからいけば、親鸞というのは、一見坊さんとしては変わり種ですが、ぼくは、問題にならないくらい偉い人だと思いますね。ふつうの坊さんよりも堕落していたという自己評価、そういう自覚を持っているというのが、すごいと思います。 

 
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村瀬学『次の時代のための吉本隆明の読み方』より

次の時代のための吉本隆明の読み方

地図とはいったい何なのだろう、という問いかけを考えていたときに、ふと思いがけない形で「吉本隆明」が見えてきた。それは「見えてきたぞ!」というようなちょっと不思議な体験であった。

「吉本隆明を論じる」というのは、批評家にとってはさまざまなことを意味している。彼の数え切れない著作と、意味の定まりにくい用語群のはざまで、そういうものを読みこなすことが「吉本隆明を論じる」批評になる次元から、彼と論戦し、罵詈雑言の応酬のはてに、彼の存在の1から10までを否定しつくすことが「吉本隆明を論じる」ことになる次元まで、「吉本隆明を論じる」スタイルはじつにさまざまであった。

後から来たものは、そういう先人の「戦いぶり」が、すこぶる興味深かったし、そこから学ぶものはたくさんあった。でも、そこから自分が「吉本隆明を論じる」ということには、なぜか至らなかった。自分が論じる「動機」が、そういう批評史や論戦史のなかには、なかなか見いだせなかったからだ。

ところが「地図」について考えることになってから、急にというか、一気に「吉本隆明」という在り方がリアリティをおびるようになっていった。
わたしがそのとき考えたのは、こういうことだった。たとえば、人は、青年期に「哲学」の本を読んだりするのは、人生を生きるための「地図」を得たいと思ってのことではなかったか。社会に出ると、今度は社会情勢や政治情勢を読み解くための「地図」を手に入れたいと思うようになる……。

「吉本隆明」という存在は、そういう意味では、日本のある時代の「地図」として読まれていたことがあった。でも、それが「地図」にならないと「見切り」をつけられる時期も後に出てきていた。彼がもしあるときに「地図」であったときがあるなら、そういうことは起こり得ただろう。世界や時代は動き変化しているのだから、あるときに使えた地図をいつまでも使えることはあり得ないのだから……。

しかし、わたしが今述べた言い回しには、決定的に問わなくてならない問いが一つ欠けている。では、そもそも「地図」とはいったい何なのか、という問いかけである。おそらく哲学の根本の問いも、じつはこの「地図とは何か」という問いに関係している。人生の指針・地図としての哲学、そして、その思考地図としての哲学史……。

そういう「地図」への問いを自覚したときに、急に「吉本隆明」が見えてきたのである。それはまるで気球に乗った人が感じる視界の開けのような体験だった。

詳しいことは、本文を読んでいただくしかないが、もしこの「気球に乗って見えてくる……」という言い回しの「見え」がこのあとの本文の光景として見えてきたなら、わたしがそれを比喩として言っているわけではないことが、わかっていただけるに違いない。


村瀬学『次の時代のための吉本隆明の読み方』(洋泉社・2003年初版)まえがき全文

 
COMMENT:村瀬学さんは、1949年生まれの児童文化研究者、心理学者。わたしが昨年のお正月明けに宇田亮一さんの『吉本隆明 こころから読み解く思想』を読んだときに感じたことも、まさにここに書かれているような「まるで気球に乗った人が感じる視界の開け」体験だったので、ここで紹介したまえがきに記された「地図」という言葉とその問いは、読み解く上での重要なキーワードだと感じています。吉本さんを論評した書物は数多ありますが、この本のように次の時代に活かそうとする視点を明確にうたったものはそれほど多くはなく、吉本隆明ビギナー向け入門書としてオススメの1冊。現在では洋泉社版は絶版で古書でしか入手できませんが、2012年に言視舎から増補版が出ました。
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野口晴哉『健康生活の原理 活元運動のすすめ』より


健康生活の原理といっても、栄養をどう摂れとか、睡眠は何時間とれとか、ということではありません。体と体の使い方の問題だけであります。体の問題といっても、胃袋がどうなるとか、肺がどうなるとか、心臓がどう脈をうつとか、というようなことではありません。そういうような医学的な面での体のことは、皆さんのほうがよくご存知だと思うからであります。

私がお話するのは、いままでの学問的な考え方では考えきれない体の問題なのであります。私たちの胸の中に肺臓と心臓があるということは、どなたもご存知ですが、それらを動かしているある働きがあることには気づかないでいる。例えば、恋愛すれば食事がおいしくなるし、好きな人に出会えば心臓が高鳴ってくるが、借金をしていると食事もまずいし、顔色も悪くなってくる。このように恋愛とか借金とかいうものによって生じてくるある働きと、肺臓とか心臓とかいうものが関係ないとはいえない。ところが胸の中を解剖してみても、レントゲンでいくら探してみても、そういうものは出てこない。だから人間の生活の中には解剖してしまったら判らない、また胃袋とか心臓とかいうように分けてしまったら判らないものがある。電報1本で、途端に酒の酔いが醒めてしまうこともありますが、どういうわけで醒めるのかは判らない。その判らないもののほうが、却って人間が健康に生きて行くということに大きな働きをもっているのです。

最近、大脳反射とか、ストレスとかいう学説が出てまいりましたが、例えば、A氏はB女が嫌いでD女が好きだということは、大脳を解剖しても、内分泌物を検査しても判らない。男は女を好悪するということぐらいしかわからないのです。学問が人間の実際生活に役立つことはもっと先のことでありましょう。

また同じ刺戟で生じたストレスも、人によっては現れ方がみんな違う。ある人は恋愛をすると食欲がすすむのに、ある人は胃袋より心臓に現れたりする。同じストレスでも、筋が硬張ったり、糖尿を出したり、尿がつかえたりする人もあれば、呼吸器のはたらきの異常となって現れる人もある。そういう違いは何によって起こるのだろうか? 人間とは個人であって、その個人個人には魚の好きな人もあれば、イモの好きな人もある。十億円の借金を背負っても平気な心臓もあれば、千円や1万円の借金を苦にして顔が青くなるような心臓もある。みんな体の傾向が違うのです。

そういう違いに立脚しないと、個人個人の健康問題は理解できない。つまり私がお話しようとする健康生活の原理というのは、そういう体の普遍的な面だけを追求していたのでは判らない人間の体、その生きているということの何らかについて、私が50数年、大勢の人を指導してきて得てきた生命観と言いますか、健康生活の哲学といいますか、そういったようなことをお話しようと思うのであります。


 

野口晴哉『健康生活の原理 活元運動のすすめ』(全生社)健康生活の原理(まえがき)より

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フランシス子&吉本さんの写真を発見!

フランシス子&吉本隆明.jpg

 


GW5連休もはや最終日となりましたね。
 

 

今日はフランシス子と吉本隆明さんが一緒に映っている写真を発見したので、

自分にとって一番ホットなこの話題について書いてみようかと。
 

 

 

『フランシス子へ』は、2017年の年明け元旦に読みました。
 

 

facebookで年頭のご挨拶を投稿した際の写真に

飲んでいたプレモルのマスターズドリームといっしょに写っていますね。
 

 

 

 



もう何度もこのblogには書いていることですが、

吉本さんの本を本格的に読み始めたのが、昨年のお正月明けのことです。
 

 

ですから、かれこれもう1年以上経つわけですが、

『フランシス子へ』という本は、タイトルだけ見ても

何が書いてある本なのかがよくわからないので、

買うのをずっと後回しにしていました。
 

 

最近は欲しい本をネットで注文することが増えたんですが、

結局それだと、手に取って中身を確かめることができません。
 

 

でも、「よくわからない」からこそ、そこで

「なんだろう?」ってふっと立ち現れる猝笋き瓩大事なんですね。
 

 

「何が書いてあるのか、よくはわからない。

でも、吉本さんの本なら、きっと大きなハズレはないだろうし、

何か気になるから買ってみよう、読んでみよう」とおもったのは、

昨年暮れ、師走上旬の頃でした。
 

 

そうしたら・・・!!!

 

フランシス子とは、なんと猫の名前だったのです。
 

 

この本は、吉本さんが亡くなる直前に、

飼っていた愛猫の死について語った話を書きとめた

吉本さん署名の本として実質最後のもので、

ずっと自分が探し求めていたような言葉たちが

そこにいっぱいちりばめられていたのでした。

 

 

 

 

 



こうしてわたしは、2017年の年明けを

ほんとうにしあわせな気持ちで迎えられたのでした。
 

「一年の計は元旦にあり」と言いますが、

最初に読んだ1冊が大当たりどころか、

この本に出会うために自分は吉本さんの本を読みあさってきたのかも・・とまで

おもえるほどのステキな本だったので、

きっと今年も良い年になるにちがいない!と確信したものです。

 

 

 

以下は、吉本さんが本の冒頭をちょっとすぎたあたりで、

フランシス子について語っている「特別なところは何もない」から引用。

 

 

 

あの猫のことはどう言ったらいいんでしょう。
僕にとって特別な猫であることはまちがいないんだけれども、じゃあ、どんなふうに特別であったかを言葉にしようとすると、これといって特別なところはなんにもなかった。
でも自分の執着のしかたを見ていると、やっぱり何かあるんですよ、きっとね。
でも、その何かっていうのを言葉でいうのが難しいんです。
それが言えればわかりやすいし、たやすいんだけど、その意味では、わかりにくい猫だったっていう気がします。

僕にとっては価値のある猫だったけど、一般的に言って価値があるかっていったら、そんなものは全然ない。
 

 

そういうことでいったら、うちにいるほかの猫たちのほうがよっぽどこれっていう特色とか美点を挙げることができそうに思うんですね。
たとえば姿もかわいいし、態度もかわいいってことで言えば、白猫のシロミのほうがずっとかわいいし、洞察力もすぐれている。シロミはまれに見る美猫だって言っていい。

 

 

それに比べると、フランシス子はそんなに美人でもないし、すばしっこいわけでもないし、いわく言いがたい平凡な猫だなって。

わりあいに顔も長くて、目もパッチリした感じじゃないし、毛並みもあんまりよくなかった。毛が薄くて、触るとあばら骨の感じがわかるみたいな、痩せた印象がありました。
 

 

そんなら機敏なのかといったら、素早いとか活発だとかいうところも全然なかった。
 

こうやって言い連ねてると、それじゃどこにもいいところなんかありゃしないんじゃねえかってことになるけど、これはちょっとすばらしい猫だなっていうような目立つ特色は本当にどこにもない。
 

 

おとなしいというより鈍感で、黙りこくった感じがする。
冴えたところなんかなんにもない、ぼんやりとした猫なんです。

 

 

今でも子どもがエサをやると近所の猫が集まってきますけど、そういうところにあつまってくる一匹の猫という以上の印象はありませんでした。
 

 

りこうかっていえば、特にりこうでもないし、訓練したからといってよくなりそうなところもありそうにない。
 

平凡きわまる平凡猫だっていえば、それが当たりだっていう気がします。
 

 

そんなこと言ってると何も始まらんじゃないかっていわれても、いや、平凡じゃないといえるようなところはなんにもなかったように僕には思えます。
 

 

だけど、僕とは相性がよかった。
 

いいとこなんてとくにないけど、なんとなく相性がよかっただけだよって言ってもいいくらいです。ぼんやり猫だったけど、そのぼんやり加減が僕とはウマがあった。(単行本のP.7〜11)

 

 

 

 

4/29にこのblogでも紹介した親鸞について書かれた部分はこちらなんですが、

このあたりがこの本のクライマックスだとおもいます。
 

この本には、カバーと帯に、
こんなふうにフランシス子の「足あと」がついてるんですが・・・
 
フランシス子へ_帯.jpg
                            ↑

フランシス子の写真は、ほとんど載っていなくて、
奥付の前のページ、吉本さんのプロフィールの下に
控えめにたった1まいだけ載っています。
 
フランシス子へ_吉本プロフィール.jpg


ライターを務めた瀧晴巳さんのあとがきでは、フランシス子について
 
「フランシス子とは一度だけ、会ったことがあった気がする。
 でも、あれがフランシス子だったのか、さだかではない。確信が持てない。
 そのくらい、平凡な普通の猫だった。」
 
とだけ書かれ、
少々長めのあとがきがやや唐突に締めくくられてます。

 
ちなみに、このあとがきには、昨年12月のつんどくらぶで
お題本としてとりあげた『ひとり 15歳の寺子屋』の制作裏話もあり、
『ひとり 15歳の寺子屋』と『フランシス子へ』が
講談社の同じ編集スタッフ(児童書担当)によってつくられた
姉妹編のような2冊だということもわかったのでした。
 
それで、『フランシス子へ』の本には
フランシス子の写真がたった1枚しか載っていないし、
フランシス子と吉本さんが一緒に映っている写真なんて
きっと残っていないんだろう、とおもっていたんですが、
それが何と見つかったのです。
 
冒頭の写真は、2009年4月13日の中日新聞(東京新聞)に
記事として掲載されていたもので、こちらの記事から拝借しました。

 
090413chunichi_フランシス子と吉本隆明.gif

以下は記事全文

 

●吉本隆明さんとフランシス子 ゆったりと時間 濃密な相思相愛 2009年4月13日


「フワーと鳴いて、だっこをせがむんですよ」と吉本さん=東京都文京区の自宅で


★猫(メス 15歳) 東京都文京区の大きな寺の隣に、知の巨人・吉本隆明さんの家はある。いまどき珍しく、玄関の扉は半分開けたまま。猫の出入りのためなのだろう。二階の窓辺から、三毛猫がこちらを見下ろしている。
「これまでつきあった猫は数十匹になるでしょうか。私が小さいころは、よく猫が鼻水をなめてくれたものです」と笑う吉本さん。老思想家は、長いこと猫と親しく暮らしてきたのだ。
この寺町には昔から猫が多かった。しかし、娘で漫画家のハルノ宵子さんがノラたちの不妊手術をして、だいぶ少なくなったという。
いま吉本家の家猫は四匹。みな近所で保護したもとノラ猫だ。最初に客を出迎えたのは、白猫の「シロミ」。
「子猫のときに事故で脊椎(せきつい)を損傷し、今も自力で排泄(はいせつ)することはできないので、人の手を借りています」。だれにでも人なつこいのは、そのためかもしれない。
次に登場したのは、小柄なトラ猫「ヒメ」。こちらは足が悪いが、シロミと元気に追いかけっこを始めた。その様子をやさしく眺める吉本さん。
「実はシロミたちは私にあまりなつかないんです。私が別の猫ばかりかわいがっているから」
吉本さんを独占しているのは、十五歳になるフランシス子だ。変わった名は、娘で作家のよしもとばななさんがつけたという。
「この猫は最初、娘が引き取っていったんですが、娘の飼い犬と折り合いが悪く、こちらに戻ってきました」
以後、吉本さんの仕事部屋を居場所とするようになり、外に出るのは食事やトイレのときだけ。吉本さんだけに心を許し、何年もふたりの時間を過ごしてきた。ハルノさんによると「相思相愛」の仲だ。
「猫というのは遺伝的に穏やかなタイプと、原生的なタイプにいくつか分かれますね。この猫は、イリオモテヤマネコのように野性的です。猫は、若いころはまさにハンターでした。今でもなでていると時々かみついてくる。でもかむのは家族の中でも私だけなので、猫なりの親しみの表現かもしれません」
フランシス子は猫白血病のキャリアーで、インターフェロンの注射を続けている。だが吉本さんのひざの上にすっぽりおさまったフランシス子は子猫のような目をしている。
吉本さんが仕事をする間、いつも傍らの寝椅子(ねいす)で寝ているフランシス子。時折「フワー」と鳴き、だっこをせがむ。この穏やかな時間がいま、ふたりにとって最上の安らぎのようだ。 (文・宮晶子、写真・中西祥子)


よしもと・たかあき 1924年生まれ。東京都出身。「共同幻想論」(1968)「マス・イメージ論」(1984)など多くの著書で昭和を論じ、戦後最大の思想家と呼ばれる。

 

講談社のサイトにある『フランシス子へ』特設ページには、
文庫化を記念して吉本さんの5回忌に行われた
長女・ハルノ宵子さんと制作スタッフの座談会が載っています。
 
また、文庫版に解説を寄せた中沢新一さんの文章はこちらでも読めます。
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カルロス・ゴーン(元日産自動車CEO)のことば

ビーン&ゴーン

正しい答えでなく、

正しい質問を見つけることを

重要視しなさい。

※カルロス・ゴーン(元日産自動車CEO)のことば
 


COMMENT:どうでもいいことなんですけれど、Mr.ビーン(左)とゴーンさん(右)があまりに似ていて、うっかり間違えそうになるのはわたし一人だけでしょうか・・笑

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