往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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こんなご相談をいただきました

ある方からこんなご相談をいただきました。

ご相談戴いた方から公開しても構わないとの許可を得ましたので、戴いたご相談内容と、それに対する私のお返事をご紹介させていただきます。ただし、個人に特定できないようにするために、内容を変えた部分があります。



Q:私は今年○月より、○○○○というところで、引きこもりの相談や、就労支援、障害者福祉制度の相談の仕事をやっております。

これこそが私の天職だと思っていたのですが、実際に仕事についてみると、教えてくれる先輩や上司もいないので、わからないことがあっても誰に聞くこともできず、調べ方もわからない状態や、1時間枠のカウンセリングがあるのですが、話題がすぐに尽きてしまい1時間もたすことができないなど、想像以上に自分には難しい仕事だということがわかりました。

さらには、ここ2年間ほどメンタル的にかなりしんどい状態にあり、頭もなかなか思うように働かず、ほとんど仕事になっていないまま半年が過ぎております。


よそのソーシャルワーカーの人とのつながりをつくったり、役所の人と仲良くなって人脈をつくなどのことをしなければと思うのですが、どのようにしたらいいかわからないままでいます。カウンセリングの技法を学んでいるのですが、なかなか自分には身につけることができません。

今は自信をなくし、ほかの職業に変わることも考え、実際に面接を受けましたが、どこからも採用を断られ続けています。年齢が年齢なのと、次々に仕事を変わっているので、身についている職業経験が少ないからだと思います。

今は、この仕事を続けていくことを考えています。ただ、3年たって自分が成長できるかどうか自信はありません。ほんとうは今も飛び出してしまいたいくらい仕事が苦しいです。

愚痴ばかりになってすみません。
もしよいアドヴァイスがあったら教えてください。



A:よいかどうかは私が決めることではなく、よいアドヴァイスになるかどうかわかりませんが、頂いたご相談を読ませて戴いて思ったことを以下書いてみます。

仕事の内容に向き、不向きというのは確かにあるでしょうし、自分に向いていない仕事を無理にする必要はないのですが、仕事を変えたところでたぶん今の状況を変えることはできないでしょうね。

向いた仕事を探している間に、たいてい人生おわってしまいますし・・・まあでも、世間にはそんな人も多いみたいですから、天職に出会えた人は、本当に自分が幸運なんだと思わないといけないでしょう。

だから、自分が天職だと思って始めたのであれば、まずはその思いを大事にして、今の仕事を続ける方向で考えることでしょう・・・頂いた文面にはそう書かれているので、その方向性を大前提とすることについては大丈夫かと思いますが。
 

私事で恐縮ですが・・・私の場合、教育の仕事に関わって26年になるんですが、最初からこの仕事をやろうと思っていたわけではなく、その前は5回転職しましたし、たまたま成り行きで出会った仕事でした。

そんなわけで、26年経った今でも「これが自分の天職だ」などと言える自信はないですし、今思い返してみても顔が赤くなってしまうぐらい、最初の3年などまったく「仕事」にはなっていませんでしたね。
 
いや、3年で成長できるかどうかはわかりませんよ。私だってそうだったし、そんな保証なんてどこにもありませんから、成長できる自信の有る無しにかかわらず、この間は仕事の基礎を身につける時期だと考えて、必死に勉強するしかないんじゃないですか?

そういう意味でいえば、あなたも書かれているように、同じ立場で仕事をしている人たちとのネットワークとかお役所の人たちとのお付き合いも大事だと思いますよ。


また、カウンセラーというのは、ある意味クライアントの人生に大きく影響を及ぼすような存在ですから、とっても重要で大変な仕事です。

どんな人間にも光の部分と闇の部分があると思いますが、とくにカウンセラーや相談支援者というのは、クライアントの闇の部分に足を踏み入れるわけですし、その闇を包み込んで光に変えるというのは、並大抵のことではできないですよね。

でも、どんな仕事であっても大変であることは変わりがないので・・・そもそも大変じゃない仕事、重要でない仕事なんてこの世に存在してません。


実は、昨晩ツイッターでこんな事を書いたんです。

「仕事」について思うこと。「何をするか(内容)」よりも「誰を相手にするか」「誰と一緒にする か」が大事! 乱暴な言い方かもしれないけれど、仕事の中味は何でも良く、結局深く掘り下げていけば同じところに行き着く。だから、やっている仕事の「中味」より「働き方」「プロセス」が大事。
 
これは私の個人的なつぶやきで、あなたへのアドヴァイスのつもりで書いたわけではないのですが・・・やっぱり140字という制限がある中で、自分の思いを読む人にきちんと伝えるのは、なかなか難しいものですねぇ。

ただ、制限があるからこそ、難しいからこそ、これを続けていくことで、140字で何かを伝えるということについては、もしかしたら上達できるんじゃないかと思うわけで。


話を元に戻しましょう。

「何をするか(内容)よりも誰を相手にするか、誰と一緒にするかが大事!」というのは、自分と価値観の合う人とだけ、そういう人だけを相手に仕事しましょう、という意味ではありません。
 
だいたい世の中というのは、自分と価値観が合わない人の方が大半で、合う人の方が圧倒的に少ない、としたものです。

でも、だからこそ、「この人とは合わない」「この人とは合う」というように、0か100か二者択一的に考えるのでなく、合わないと思うような人の中にも接点を見出そうとするなど、現実的に自分にできることを探しだし、折り合いをつけようとすることが大事だと思うんですね。

また、そうした経験を積み重ねることで、「自分がどういう人を相手にし、どういう人と仕事をしたいと思っているか」という思いを掘り下げ明確にしていくことができるわけですし、それは、あきらめずに自分の思いを持ち続けていくことが必要なんですよ。

「難しいからやらない」というのは、気持ちとしてはわかりますが、「難しいからやってみる」「難しいからこそやる価値がある」んじゃないでしょうか?

難しいか難しくないか、に関わらず、自分の意志がどちらの方向に向いているかが問われていると考える・・・結局、目の前にあらわれている現実は、 すべて自分自身の思いが引き寄せている、自分がそのタネを蒔いているんだ、と考えない限りは、他の人とか、世の中とか、運不運とかのせいにしている限りは、 状況は変えられないのではないかな、と思うんですね。
 

「仕事の中味ではなく、働き方とプロセスが大事」ということもまだまだ言葉足らずなんですが、価値観の合う合わないに関わらず、仕事の内容に関わらず、クライアントや仕事仲間とどうしたら信頼関係が結べるか・・・具体的に言えば、「この人にカウンセリングを受けて良かった」「この人と一緒に仕事ができて良かった」と思ってもらえるか・・・ということを必死で考えていくしかないと思うんです。

「信頼関係とは、相手と自分との間に橋を架けることだ」と言った人もいますし、自分の思うようにはならないのが世の常で、「人間関係とは、自分を磨く砥石だ」と言う人もいます。

働く(はたらく)というのは、傍(はた)楽(らく)・・・つまり、仕事とは、自己実現のためでも、カネを稼ぐためだけにするのでなく、まわりの人がらく、たのしい、って思ってもらうためにすることなんだ、と言っている人もいます。 

「この人のカウンセリングを受けて良かった」「この人と一緒に仕事ができて良かった」と思ってもらうような人になること・・・これは簡単なことではないし、やっぱり最低でも10年はかかるんじゃないでしょうかねぇ・・・私だって私と関わって下さった人がそう思ってもらっているかどうか、正直自信はないです。

でも、自慢話みたいで恐縮なんですが、私のところを初めて訪ねて下さる方がよく口にされる言葉が、「複数の人から、『あの人にだけは会っておくといいよ』って言われたので会いに来たんです」なので、すくなくとも私と「会えてよかった」と思っている人がいて下さるんだ、と考えて良いのかもしれません。

つくづく有難いことだと思います。


すみません。また脱線してしまいました(^^;)

あと、「3年は基礎期間」ということの中味についてですが、「どんな仕事に就いたとしても役に立つようなことは何か」ということを見極め、3年の間にそのとっかかりだけでも見つけられればいいんじゃないでしょうか。

陶芸家の場合にたとえて言うなら「土こね3年」という言葉がありますが、どんな仕事に就いたとしても役に立つような基礎力というのは、人から教えてもらうものではなく、結局自分でつかむしかないものだと思うんですね。

それは、いわゆる技術と呼ばれるものではなく、ノウハウでもスキルでもなく、日常の中でアホみたいなことを坦々と繰り返す中でしか見えてこない。

もちろん、人脈づくりのノウハウやカウンセリングの技法も大事なんですが、あなたの場合はそれ以前のことを学ぶ必要があるんじゃないでしょうか。
 

この事については、森清さんの「仕事術」(岩波新書)という本に詳しくは出ているので、よかったら読んで見て下さい。森さんは「どんな仕事に就いたとしても役に立つようなこと」を「エンプロイアビリティ」という言葉で表現されているんですが、他にもいっぱい大事なエッセンスがつまっているので、若い人にはみな読むように勧めています。

読むだけでなく、書かれていることを1つずつ、まずは愚直に実行してみることですね。

でも、そんなに簡単には結果はでないですよ。
 

たとえば私は、らくだメソッドを開発された平井雷太さんから、「毎日書くといいよ」「月刊で通信を出すといい」と言われて、それを7年間続けてみたんですね。

そのことで自分なりの仕事の基礎やスタイルを身につけられたように思っているんですが、心からそう思えるようになったのは、ようやく最近になってからのことで、その最中は、その大事さがなかなかわからないものなんですよ。

また、平井さんには「100人にインタビューしたら、何かが変わるかも」とも言われ、いろんな人から話を聴くようにしてみたのですが、自分の人生観というか、人間観がそのことで随分変わったと思います。

トータルゲームの開発者である双申(株)の嶋崎さんからは、「黙って1000期繰り返してやってみてください」と言われたのですが、たしかに1000期やると、ひとつの臨界点を超えるというか、それまでおぼろげだった何かが確かなものに変わっていく感覚があったんです。

20代の頃には、般若心経の写経を3000枚以上、30代では、坂田道信さんが提唱される複写ハガキを3000枚以上書きました。

まあ、20代で写経3000枚というのは、かなりの変人で、普通の人はやらないでしょうが(笑)・・・マネしなくてイイです。

これは実はまえの傍(はた)楽(らく)ともつながっているのですが、土こね3年とか7年とか100人とか1000期とか3000枚とか・・・このことが結局何を意味しているかといえば、誰にでもできるような馬鹿なことをアホみたいにひたすら繰り返すのは、「我を抜く」ために必要なんだということ。

つまり、我を離れ、無心にならないと、本当のことはなかなか見えてこない・・・毎日の仕事を通じて、「自分が〜」という気持ちから、どうしたら自由になれるかを探求する姿勢が大事だと思うんですね。

「我」という漢字は、「手」と「戈(ほこ)」の合字で、「闘う」という意味なんです。

仕事とは、自分を誇示する手段ではないし、自意識というこの厄介なものから自由にならない限りは、なかなかよい仕事はできない・・・と。

よい仕事には、かならず「無私の世界」が立ち現れていると思うのですが、これは、私だけでなく、リンク先に引用している松岡正剛さんなど、たくさんの識者、先哲が指摘していることでもあります。


話が拡散してしまいましたね・・・すこし整理しましょう。

(3年の)基礎づくり期間において、実際どんなことに心がければいいのか?・・・これは、自己啓発のバネとすべきことを5つにまとめた「IBMの言葉」が一番シンプルで本質を突いていると思っているので、それを最後に紹介してまとめに代えます(後のカッコ書きは私の解釈です)。

1.本をよく読め        (自己の体験外からも情報を得ようと努める)
2.物事を鋭く観察せよ           (自説に固執せず色眼鏡を外す)
3.人の話をよく聞け          (相手の真意を汲み取る→我を抜く)
4.なるたけ大勢の人と話し合え(対話の大切さと多様な考えの存在を理解する)
5.ときどき、たった一人になってモノを考えてみよ  (自分の軸を見つける)


ほか、仕事を考える上で参考になる書物としては、戸田智弘さんの「働く理由」や、西村佳哲さんの「自分の仕事をつくる」などもオススメです。

 

・・・って、よいアドヴァイスどころか、読み返してみると、アドヴァイスにも何にもなっていなくて呆れかえってしまいますねぇ(^^;)

もちろん、受け入れるかどうか、実行するかどうかはあなた次第ですし、どうぞご自由に!としか言えませんが。

こんな私の書くことなど、真に受けないほうが良いかもしれませんよ。


長々と失礼をしました<(_ _)>

私で何か力になれることがあれば、またいつでも連絡下さい。

posted by Akinosuke Inoue 06:44comments(2)trackbacks(0)pookmark


この記事に対するコメント











井上さんの回答あらためて勉強になりました。
最近私が思うのは「日本人は生き方が下手になった、正しい生き方を求めすぎ」と。自分もその中の一人だったんですけどね…。
相談の方も求めてますね!
井上さんと違う視点?で今日の私(明日とは意見が変わるので)ならこの方の仕事上でのスキル目標を変えた方が良いと答えそう、先輩・上司や先人の智恵や経験を無視する、行政と対立し同業のネットワークを築かないと。
この方はちょっと物事に近づきすぎですね、離れて考えることが必要なのではないでしょうか?
井上さんの紹介のIBMの言葉がスキルを習得するための基盤づくりのトレーニングであっても、細かく砕いた実例を示さないと今の人たちは何もできないでしょう。
1時間話が持たないという事はこの人が経験はあるもののどう何を伝えるかというスキルなんか才能がないかぎり時間がかかるし、自信のとらえ方も自信があるから、事に仕えるみたいな考えだし、先輩や上司に教わるという姿勢も依存しすぎだし、本当に自分が見えていないと思いますね。
最近、私は実習生の性格分析をし、その人にあったアドバイスをやっています、性格が結構当たっているということで私も少しでも役だっています(根本は実習生の人生を変えてやろうという意気込みでやってますから)私もこの方と話がしたいです。
この方が一つ正しい事は井上さんに相談したことです。
赤い珍獣 | 2010/10/02 8:37 AM


コメントありがとうございます。

さいごの方で書いたとおり、今回のお返事は「アドヴァイス以前」の部分だけで、敢えて具体的な処方箋というか行動計画的な話は書かずにおきました。
それは、たとえて言うなら、病気になったときに、医者へ行って注射を打ってもらったり、薬をもらってきて飲んだりしても、結局それは対症療法であって、目先の課題は解決しても、根本的な解決には至っていないので、あとからもっと大きな問題が生じてきてしまう危険性を孕んでいる、ということと同じです。
たとえば、頭が痛いといって、頭痛薬をもらって飲めば、その痛みは収まるかも知れません。でも、もしかしたら、脳内では脳梗塞とか、脳腫瘍とか、そういう命に関わるような病気が進行しているかもしれないわけで、そうした病気を根本から治そうとすると、生活習慣とか、考え方の癖とか、性格とか、さらに言えば、その人の人生観や世界観というところと大きく関わってきたりするんですね。
もちろん、対症療法や応急処置が必要な場合もあり、それが重要でないということではないんですが・・・

>日本人は生き方が下手になった、正しい生き方を求めすぎ
これは私も同感です。結局自分で自分に折り合いを付け、納得できるかどうかであり、「正しい生き方」なんてどこにもないんですがねぇ。

では、なぜこんな事になってしまったか、については、2006年5月の記事で、筑波大准教授・土井隆義さんの本を取りあげたところで考察しました。
http://ouraimono.terakoyapro.net/?day=20060528
http://ouraimono.terakoyapro.net/?day=20060529
http://ouraimono.terakoyapro.net/?day=20060530

>スキル目標を変えた方が良いと答えそう
そのアドヴァイスもいいですね。
ただ、そのためには、自分の人生ベクトルがどちらに向いているのか、ということをある程度でいいので定めておかないと、そのために何をすればいいかの指針が立たないことも多いと思うんですね。

>先輩・上司や先人の智恵や経験を無視する、
>行政と対立し同業のネットワークを築かないと。
先輩や上司はなんのために存在しているか、とか、行政とどう関わるかとか、同業ネットワークの存在というのは、手段であるわけで、その手段の向こう側にある「何のために」という目的意識の方向性をちゃんと自覚をしていないと、そうした手段系のもろもろのことをどう扱えばいいか困ってしまう・・・結局この相談者はそういう状態にあると思ったわけです。

>この方はちょっと物事に近づきすぎですね、
>離れて考えることが必要なのではないでしょうか?
その通りだと思います。「虫の眼、鳥の眼、魚の眼」の「鳥の眼」です。この鳥の眼で見ることができる人が本当に少なく、これは「公益人格」の醸成という課題と直結していますしね。

>細かく砕いた実例を示さないと今の人たちは何もできないでしょう。
このこともその通りですね。この先に具体的な処方箋を求められたら、タイミングを見計らって、段階に応じて示していくつもりです。

「赤い珍獣さんのところを訪ねなさい」と言うかもしれませんので、そのときはよろしくです。









terakoyaman | 2010/10/02 11:55 AM


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