往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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オーガニックな教材

風邪の効用

最近、寺子屋塾で使っているらくだメソッドのことを爛ーガニックな教材瓩箸い説明をすることがあります。でも、算数、数学の計算プリントがなぜ爛ーガニック瓩覆里いっぱい???が浮かびますよね・・笑。

らくだメソッドは、もともと平井雷太氏がご長男のために作られたものでした。親が子どもに勉強を教えようとするときに一番ネックになることとは、そうした経験のある方はおわかりかとおもいますが、「おまえ〜こんなのもわからないのかっ!」とすぐにケンカになってしまうことですね。「教えよう、分からせよう」とするから、一所懸命やればやるほど「そうはなるものか」と反作用がはたらいてしまうのです。

でも、おそらく「どうすれば、わが子にちゃんと勉強を教えることができるのか」という問いについて、真剣に考え実践された方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。らくだメソッドをご覧になった多くの方が、「想定外の教材です」「目から鱗でした」とおっしゃるのは、教材開発や塾経営という実利的な目的が先にあったためではなく、非常にパーソナルな親子関係の中で、生身の人間を相手に効果を実証しながらつくられたという、非常にレアな背景があったからなのです。

実際にどんな特徴があるかについては、言葉で説明しても伝えられない部分が多々ありますので、ぜひ教室にお越しになって直接ご覧になってみてください。

さて、平井氏がらくだメソッドを開発するうえで大きな影響を受けた考え方のひとつが、犁きた問題を楽しむ瓩箸いμ邯整体の考え方です。わたしが野口整体のことを初めて知った頃にはなかなか手に入りにくかった創始者・野口晴哉氏の著作も、現在ではその一部がちくま文庫から出され、多くの人の目に触れるようになりました。

野口氏の代表的著作とされる『風邪の効用』から、この本のなかでとりわけ重要とおもわれる「空想を方向付けること」について書かれた部分を引用してご紹介します。

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 ・・観念はそういうヒョッとした時に確立してしまう。空想が確立するというが、本当は空想の方向が確立するのです。子供が何かし損ねた時に「しくじったな」と言えばいいのに、「お前は何て頭が悪いの」と言う。そうすると「ああそうだ」と思ってしまう。「頭が悪いから試験に落ちたのよ、しっかり勉強なさい」と親は言う。けれどもすでに頭が悪いと方向づけてしまって、だからしっかり勉強しろと意志の努力を強いるのは、人間の心の構造を知らない人である。

 人間は自分のごく小さな動作でも、一旦空想に方向づけられてしまうと、意志では訂正できないのです。だから「頭が悪い」と方向づけて、「しっかり勉強しろ」と言うと、親の目を盗んで遊ぶとか、成績が落ちるとか、机に向かうと居眠りばかりするとか、そのうちに勉強が嫌いになるというようになっていくわけです。親は発奮させるつもりで「馬鹿だ」と言うのだけれども、その「馬鹿だ」と言われたことで子供が空想して思い浮かべることは、「俺は馬鹿か、俺の頭のはたらきは悪い、しかしいくら考えたって、親父が悪いのに俺が良いわけがない、おふくろだって鈍いのだから俺が良いわけがない」とか、それを自分で確認してしまう。もうそうなると、今度はしっかり勉強しようとしても、努力するほど逆になってしまう。

 そこで風邪を引いた場合でも、早く治らないとお母さんにすまないなどと思って愉気法をされて、「早く治ったと言わなければ……」などと思っていると却って治らなくなってしまう。だから愉気法をやる場合にも、スラッとやることが大事で、あまり大変なことをやるようなつもりで物々しく勿体をつけて手を当てていると、相手の中に脅えを誘い出すといいますか、無意識に脅える方向に向いてしまう。そうなってからはどんなに努力してみても駄目なのです。体は心の中に思い浮かべたように動いていくからです。
 「今日は鰻かしら、いい匂い」などと思うと、もう胃袋の胃液が分泌してくるのです。鰻を食べた時のことを思い浮かべるからなのです。「またフライか」などと思うと胃液は引っ込んでしまう。体は思い浮かべたようになっていくのです。そういうことがあることをまずしっかり頭の中に入れて、愉気法はあまり勿体をつけてやらないことです。

 ともかく相手の思い浮かべることを方向づけるということを皆さんで工夫して、どんな時でも意志の努力で引っ張っていかないで、空想を方向づけることで誘導していく。「しっかりしなさい」とは言わないのです。「しっかりしろ」と言うとガッカリしてしまい、「もっと勉強しろ」と言うと遊ぶことを考える。方向づける方法について、いちいち説明していると何年間もかかりますから要点だけを言ったのですが、同様の理由で、風邪のような時でも、簡単なつもりで、すぐ治せるようなつもりでヒョッと手を出すということはよくないが、かといって重い病気のつもりであまり過度に熱心になるのもいけないことはお判りになると思います。

 ※愉気法:野口整体のひとつの技法で気を送るやり方のこと
posted by Akinosuke Inoue 23:37comments(0)trackbacks(0)pookmark


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