往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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ひとつのことを掘り下げること

赤い水、緑の水

今日は長久手市まででかけ、昨年度から行われている住民起業支援塾の成果発表会に、ゲストアドバイザーという立場で参加してきました。

理事を務めている一般社団法人SR連携プラットフォームのお仕事です。

といっても、名ばかりの理事で、今まで理事らしい仕事をしたことはほとんどなく、罪滅ぼしのようなつもりでした。(‥ゞ

ただ、わたしも22年前に自分で仕事を立ち上げ、一応起業家の端くれではあるので、多少なりともお役に立てるのであるなら、それはそれで嬉しいことですから。


起業家支援というテーマでは、過去には豊森なりわい塾など、いくつかのプロジェクトに関わらせてもらってきました。

ただ、寺子屋塾の基本教材としてきたらくだメソッドと、起業家支援というテーマがどう関わってくるのかについて、今までこのblogで書いたことはなかったように記憶しているので、そのうち書きたいとおもっているんですが、今日はその前段ということで。


寺子屋塾を始める前のことなので、もう20年以上前のことですが、わたしにとって師匠格にあたる人から、「ひとつのことを10年やり続けたら、そのことで人生が語れるようになる」と言われたことがあります。

仕事ということになると、多くの人は、「どんな仕事をするか」という仕事の中身に意識が向くんですが、そのひとつのこととは、どんなことでも構わないような気がするのです。

たしかに、だれにでもできる仕事よりは、自分にしかできないようなオリジナリティの高い仕事に就きたいという気持ちは多くの人がもっていることでしょう。

でも、この世の中にどれぐらいの種類の仕事があるかといえば、それこそ数え切れないほど・・・たとえば、この記事などを読むと、8年前の時点では、日本の職業の数は28,000種類とのことです。

社会情勢や時代の変化によって、仕事の中身はどんどん変化し続けていくわけですし、仕事はあくまでひとつの手段にすぎないという風にとらえれば、仕事の中身よりも、仕事を通じて実現したいことが何なのか、「何を大切にしたいのか」が大事なのではないかと。

言い方を変えれば、そうした個別性の違いに本質を見出そうとするよりも、個別性を掘り下げていくことの方が大切・・・つまり、どんな道であろうと、その道を掘り下げていくことで、結局は同じところ・・・普遍性とよべる世界に行き着くでしょうから。

ただ、どんなことでも構わないのですが、ひとつのことを掘り下げていくということは容易くはありません。

よって、そのひとつのことというのは、何であっても構わないけれど、そのひとつのことをどのように選ぶかということは、それを掘り下げていくことにも影響があるというのは確かでしょう。

「好きなことを仕事にしなさい」とか、「やりたいことを仕事にしなさい」という言葉もよく聞きます。

でも、それこそ仕事の数は前記したように28,000種類もあるわけですから、その全部を経験することは不可能であるのはもちろん、「やりたい仕事」といっても、その人の既存の体験や考えの枠内で「やりたい」と判断しているだけのことですから、あんまりアテにはならないわけで。

また、「やる気」とか「好み」とか「興味関心」ということも、ずっと不変である保証はなく、むしろ移り変わりやすい性質のものです。

よって、ひとつのことを続けていこうとするプロセスでは、必ず何らかの障壁につきあたることでしょうし、その障壁をのりこえようとするときにはむしろ「やる気」とか「好み」とか「興味関心」に引きずられないこと、自分ひとりの狭い了見のなかだけで選ばないという姿勢がもとめられることでしょう。

その障壁とどう向き合うかにその人の本質がでてくると言えるし、そこではじめて真価が問われるわけなので。


冒頭の図版は、今日書いた文章に関連して、個別性を掘り下げていくことで普遍性に届くという話をイメージで表現したもので、泉谷閑示著『「普通がいい」という病』(講談社現代新書)より拝借しました。


posted by Akinosuke Inoue 23:11comments(0)trackbacks(0)pookmark


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