往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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吉本隆明『ひとり 15歳の寺子屋』より

ひとり 15歳の寺子屋

・・・つまり、あなたが「自分はひとりだな」と思うようになったのは、自分以外の誰かを意識するようになったからともいえる。人と比べて自分はどこがどう同じで、どう違うのかをいろいろと考えるようになって、自分のことがだんだん見えてきたからでもある。
だとしたら、相手にうまく伝わらない、誰ともわかちあえないその気持ちこそが〈自分〉じゃないですか。自分でもわけがわからない、もやもやしたその気持ちのなかにこそ、自分自身をもっと深く知るための手がかりが潜んでいる。書くことはそれを掘り起こすための方法でもあるんですよ。

・・・(中略)・・・

人にわかってもらうのは二の次でいいんです。いわなくったっていい。それを誰にもいわないでも、誰かにわかってもらわなくてもいいから、自分がなぜそう感じるのか、自分の考えを自分で知っておく。書くことはそういうときの手助けになるはずです。自分と向き合うための方法でもあるし、そうやって自分自身の実感を繰り返し探っていくことで、心が鍛えられるというのかな。

・・・(中略)・・・

あの人は何も言わないけど、本当は気持ちの中で自分によく問いかけ、自分でよく答え、それを繰り返している。それは言葉に表さなくても、行動に表さなくても、心のなかでそういうふうにしてるってことがある。
人は誰でも、誰にも言わない言葉を持っている。

沈黙も言葉なんです。
沈黙に対する想像力がついたら、本当の意味で立派な大人になるきっかけをちゃんと持っているといっていい。

僕は、うまく伝えられなかった言葉を紙に書いた。届かなかった言葉が、僕にいろんなことを教えてくれた。自分や誰かの言葉の根っこに思いをめぐらせて、それをよく知ろうとすることは、人がひとりの孤独をしのぐ時の力に、きっとなると思いますよ。
posted by Akinosuke Inoue 23:55comments(0)trackbacks(0)pookmark


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