往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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『チビッ子猛語録』のこと



3/4に書いた犇気┐覆だ教育瓩砲弔い
の続編なんですが、

今日は、昨日挙げた20タイトルの本のうち、
わたし自身が一番はやく出会った本について書いてみます。
 
40年以上も前の本だけに
さすがにアマゾンの古書市場やヤフオクなどでも僅かにしか流通していないようで、
おそらくこれを読まれている方でも
ほとんど知らないんじゃないかとおもいますが、
1972年1月に初版が出ている豆本『チビッ子猛語録』がそれです。
 
豆本・・・いまではもうほとんど見かけませんが、
文庫本よりも一回り小さいポケットサイズの装丁でした。

この本が出たときは、わたしは小学6年生でしたし、
今となってはおぼろげなんですが、
手に入れたのは中学1〜2年ぐらいだったように記憶しています。

ちなみに、1972年11月に初版が出た『新チビッ子猛語録』の方は
アマゾンにも掲載がなく、
ネットでもこちらの記事ぐらいしかヒットしません。

最初に出た左側の本は、デンマークで出た原書
Little Red School Book を翻訳したもので、
毛沢東語録を意識した赤い表紙の装丁といい、
書名といい(猛語録←毛語録)、
当時としてはなかなか過激な内容で、目次は次の通りです。
 
第1章 なにをどうして学ぶのか?
第2章 レッスン
第3章 宿題
第4章 先生
第5章 学校での罰則
第6章 生徒・友だち
第7章 インテリジェンス
第8章 成績
第9章 自由時間
第10章 セックス
第11章 刺激剤
第12章 体制・キミの場所

出版後、PTAなどから猛反発を食らって、すぐ発禁図書扱いとなったらしいです。

でも、それにしても、なぜ発禁になったような本が
いまわたしの手元にあるんでしょう???・・謎ですねぇ・・笑
 
『ちびっ子猛語録』の方は、12の章立てで構成され、
学校生活のなかにセックスの話題が位置づけられているんですが、
『新ちびっ子猛語録』の方は、
『ちびっ子猛語録』を翻訳した人のひとり・石渡利康さんが著者で、
当時欧米で出版されていた性教育の本20冊近くを参考に執筆され
1冊まるごとセックスの話題です。

 
わたしの両親は、いずれも昭和ひと桁の生まれで、
たぶん、それぐらいの世代の人は
セクシュアリティの問題をオープンに語ったり、
子どもへの性教育を熱心にやろうとした人は
少なかったとおもいますし、
両親からそうした教育を受けた記憶はありません。
 
まあ、学校でも性教育の授業をうけたという記憶がなく、
当然のことながらこれらの2冊は、
親から買ってもらったものではなく、
わたしが近くの本屋でこっそり手に入れて
親に隠れてナイショで読んでたというわけです。
 
・・・というわたしは、
けっこう早熟なこどもだったかもしれないのですが、
セクシュアリティの問題は、
家庭でも学校でもないフィールドで、
それぞれ成熟度や興味関心度合いに沿って、
自発的に情報収集して・・・というのが
いちばん自然な在り方なのでは、とおもうし、
以前こちらの記事で紹介した
内田樹さんが三砂ちづるさんとの対談本「身体知」で語っているように、
「政治と宗教とセックスは、家庭では話題にしちゃいけない」という方針に
基本的に賛成なんです。
 
でも、それだと各々に異なる周囲の環境と
偶発性にゆだねられてしまうので、
中学生時代にこういう情報と出会えたわたしは、
ラッキーな人間のひとりだったかもしれませんね。
posted by Akinosuke Inoue 19:26comments(0)trackbacks(0)pookmark


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