往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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短編集『闇鍋』より 会話劇(その2)「ABC作文(H〜M)」

【会話劇】ABC作文(H〜M)

 


「ねえ、そういえば知っている? 愛の前にはエッチがあるのよ?」


「藪から棒に何を言ってるんですか!? ABCの歌を口ずさみながら英和辞典を引いているかと思えば」

「だから、Iの前にはHがあるのよ。アルファベットの並び順、わかる?」

「そりゃ知ってますよ、もちろん。ついさっきまでABCの歌を聴いていたくらいです」

「なら、愛の前にエッチがあるのは分かるわね」

「あの、先輩。その『どう、上手いでしょ?』みたいな顔やめて下さい」

「なに? ワタシの才能に嫉妬?」

「先輩の言動に辟易してるんですよ。それに結構有名なネタですよ、それ」

「いつにも増して生意気ね。じゃあ、I(愛)の次はなんだか分かるのかしら?」

「Jですよね?」

「そのJにはどういう意味があるのかを訊いてるのよ」

「わかりませんし、普通そんなくだらない事は考えません」

「だからアナタは無能なのよ。でも、それならワタシの才能に嫉妬して生意気な態度を取ってしまうのも納得だわ」

「たかだか同じ部活の先輩というだけの人に、どうしてここまで理不尽な物言いをされなきゃならないんですか……なら敢えて聞きますけど、H(エッチ)I(愛)ときてJは何なんですか」

「自衛よ」

「自衛!? 愛を得た2人の間に何があったんですか!?」

「愛が重すぎたのね」

「自衛行動を必要とされるほど重い愛って……」

「かわいそうに。相手は俗に言うヤンデレだったのね。でも安心なさい? J(自衛)の次は、Kよ」

「Kだから警察とかですか?」

「K察? アナタはゴミを木に変える能力者の義理の母親なのかしら?」

「その漫画は好きでしたけど、そんな小ネタまで覚えてませんよ!」

「やっぱりアナタは無能なのね。ほら、ファンキーな神様が中学時代の義母に会った時の話にあったじゃない」

「そんな話はあった気がしますけど、そんなとこまで覚えてませんて。普通は」

「無能」

「三度目!? どこまで無能呼ばわりしたいんですか!?」

「二度じゃ足りないと思って。というか“普通”という言葉は便利よね。自分を多勢の側に付けつつ、相手を『お前はこの多勢から外れた場違いな存在なのだ』と見下せるもの。しかも、それを倒置法で強調するあたり、本当にアナタの卑しさが滲み出ているわ。大衆の意見に同調する事がそんなに偉いのかしら? そこが日本人のダメなところなのよ」

「ボク、何か怒らせるような事しましたっけ? そんなことより先輩。話が逸れてますよ」

「…………チッ……まあいいわ。下劣な思考回路を持った後輩の言う通り、少し話が逸れていたわね。 どこまで話したかしら」

「小さく打った舌打ちも、やたら突っかかってくる態度も、話が進まないのでこの際ツッコまないことにします。Kは警察じゃないって話からですよ。結局Kは何なんです?」

「刑よ。ヤンデレは国家権力に裁かれたの」

「いきなりの急展開ですね。愛し合っていたのに……」

「その程度の愛だったというだけの事よ。愛し合ったと言っても、愛の重さは人それぞれなのだから。まあ、最初はお遊びのエッチから始まった恋愛だもの。妥当な最後じゃない?」

「あの、さっきから思ってたんですけど、花の女子高生がエッチだとかお遊びだとか言わないでください」

「別にいいじゃないの。減る物でもないのだし」

「好感度って増減するんですよ?」

「それなら寧ろ増えるでしょ? 先刻から言っているエッチだのお遊びだのという、ふしだらな単語も、無能呼ばわりしているのも、実は全部好感度アップ狙いだったり。こういうのが嬉しいんでしょ? 本当に変態ね!」

「変態じゃないやい!」

「あら、意外。放送禁止ギリギリの顔してるから、てっきり……」

「人の中身を顔で決めつけるな! あと、そんなに酷い顔なんですか!?」

「安心なさい。人間のおよそ七割が自分の容姿を平均かそれ以上だと考えている、という話を聞いたこともあるし。それに、モザイクのおかげで随分マシよ?」

「え、なに? ボクの顔にはモザイクが掛かっているんですか?」

「さて、閑話休題。話を戻すけれど、Hから始まった物語には続きがあるの」

「強引に話を戻しましたね。モザイク云々の件も精神衛生上非常に聞いておきたいですけど、まずは物語の結末を聞きましょうか。気になりますし。で、H(エッチ)からI(愛)し合い、J(自衛)やK(刑)ときて、次はどうなるんですか?」

「ヤンデレ化してしまった相手を求刑し、無事平穏な日常に戻った主人公は今回の一件から、あるものをL(得る)のよ」

「なにをですか?」

「文字通り、M。マゾ属性よ」

「ひでぇオチだな、オイ」

「アナタの顔ほど酷くはないわよ」


・・・・END・・・・
 

※エルバッキーさんの短編集『闇鍋』より転載しました。

 
COMMENT:昨日分で投稿した、上から目線のセンパイ女子高生といじられキャラの後輩男子高生の対話劇「卑猥な漢字」が好評でしたので、同じスタイルで書かれた作品をもうひとつ。いわゆるアルファベットから端を発するダジャレなんですが、ボケとツッコミの掛け合い漫才風でテンポ良く会話ははずみ、最後のオチまで笑わせてくれる佳品。他の作品も読んでみたいとおもいました。
posted by Akinosuke Inoue 12:35comments(0)trackbacks(0)pookmark


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