往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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なるべく1度で約分しなさい

3/31は金曜日だったので、19:00頃は中村教室にいたんですが、

facebookを覗いていたら、

塾生の太郎ちゃんこと塩坂太郎さんのblogの更新記事が流れてきました。
 

 

らくだメソッドの学習についてのふりかえり文なので、

たぶん、学習されていない人が読んでもピンと来ないでしょうが、

面白い内容だったので、
わたしの方で若干内容を補足してご紹介します。
 

 

4年生のプリントは全部で41枚あり、

小4-33から41までのプリントは分数の約分を学習する単元です。


 

彼がこの記事で言及している小4-36のプリントは
次の写真のように、
約分の問題ばかり全部で99問ならんでいるんですが、
前半の54番までの問題は
「わけてしても、1度でしてもよい」という指示があり、
55番から99番までの後半の問題は、
「なるべく1度で約分しなさい」という指示があります。
 
算数_小4-36.jpg

こちらに太郎ちゃんのblog記事の原文はあるんですが、
以下に全文をそのまま引用します。
 
小4-36は、もうすでに2回やっていて、
2回とも目安の時間内に解けていました。
 
けれど、自分の中でズルしているわけではないのだけれど、
時間内に「できる」ことを意識しすぎて、
問題の中にある一つの言葉を、素直に聞いていないなという自分に
違和感を感じ、今日はその言葉を忠実にきいてもう一度やってみました。
 
その言葉というのは、
 
「*なるべく1度で約分しなさい」 という言葉です。
 
約分自体はできるのですが、
「約分がどうできるか?」ということを、
 このメッセージは僕に伝えてくれていたのだと思います。
 
たとえば、12/32。
 
1度で約分しなければ、まずは「2」で割って
6/16 … 3/8 と解いていけばよくて、
それなら時間内に「できる」のです。
 
でも、「*なるべく1度で約分しなさい」 という言葉の通りにやると、
最大公約数の「4」を瞬時に見つけることがまだ「できない」わけです。
 
そんなわけで、今日は以前合格できたプリントが不合格になりました。
(目安の時間内に終わりませんでした)
 
「できた」プリントが、自分の意識を変えたら「できない」プリントになるわけだから、
普段の自分は、「できない」よりも、
「できる」方向へ自然と流れてしまっていることがあるように思います。
 
でも、この段階で一度で最大位公約数を見つけることが「できる」ようになることが、
この先のプリントの課題を1つずつクリアしていくためには絶対に必要になることだと思いますし、
いつか必ず「*なるべく1度で約分しなさい」 という言葉をなかったことにし、
 「できる」ことを優先させたことで壁にぶつかる時がくるのだと思います。
 
自分をみつめるというのは、改めて難しいことだと思います。
いつも自然と「できる」方向へ流れてしまう。
 
自分が気づかぬうちに。
それがいいことで、順調なことのように思ってしまいます。
 
でも本当は、その「できる」ことが、
 自分を見えなくしていることがあるのです。
 
「できない」体験から、自分に気づいていくことは、
とっても楽しいことです。
新しい自分に気づけるわけだから。
 
それは「できた」経験からは得られない「新しい自分」であり、
自分の中にいた、けど気づいていなかった「新しい自分」です。
 
その自分に気づけるのは「できない」という体験からだと思います。
 
日常の中をよ〜くみれば、きっと「できない自分」に
たくさん出会えると思うけれど、
自然と「できる」方向へ流れてしまっているのだと思います。
 
なので、まずは1枚のプリントを通して「できない体験」を大切にする。
 
その体験の中で「できない」ことを通して見えてくることへの実感、
そして、その楽しさを感じ、日常の「実はできてない」体験に少しでも目をむけて、
今の自分の中にいる、「新しい自分」「気づいていない自分」を感じていきたいと思っています。
 
小4-36_塩坂太郎.jpg

この記事を読んだわたしは、
すぐにプリントアウトして、その時に教室にいた塾生たちに配り、
各々感じたことをシェアし合いました。

ちょうど先週は、こちらのblog記事でご紹介した
為末大さんの「マインドセット」について話していたこともあり、
「爐任ることは良いことで、できないことは良くないこと瓩箸い
 マインドセットにはまっている人は少なくないよなぁ・・」という意見、
「できるーできないを判断するモノサシは一律で無く、
 それぞれが勝手に決めてるだけというところに気づいて、
 そのモノサシを自分で自由にスライドできるようになったら、
 人間の可能性はもっと開かれていくんじゃないか?」とか、
彼のこの記事のお陰で
他の塾生ともなかなか有意義な意見交換ができました。

わたしが、この太郎ちゃんの記事で面白いとおもったのは、
「できない」自覚から「できる」に向かっていくことに納得しつつも
「できる」方向へ自然に流れていってしまっていいものか?
という問いが浮かんで、
それって、結局はまだ、
「できることが良いことで、できないことが良くないこと」
っていうマインドセットにはまっているんじゃないかと
気がついているところです。

つまり、順調で良いことだとおもっていた「できる」ことが
自分を見えなくしていることもあるんだと気がついたからこそ、
「なるべく1度で約分しなさい」という指示文が
いったい何を自分に伝えようとしているのか?という問いが浮かんで、
これから先の課題を見据えつつ
「ただ約分すればいいんじゃなくて、
 1度で(分母と分子の最大公約数で)約分できるようになることも
 これから先の課題のことを考えると大事なんだ」
と気がついたわけですね。

それにしても、痛感するのは、
つくづくこのらくだメソッドがよくできている教材だということで、
とりわけ、自ら学ぶ姿勢が大事だということだけでなく、
学習者自身が「学力を身につけたい」とおもったときに、
ちゃんとその気持ちに応えてくれる内容になっているところです。


・・・って記事を書いていたら、
太郎ちゃんのblog記事の新しいエントリーが届いたんですが、
今日ご紹介した記事の続編のような中身だったので、
明日もまた彼のblog記事をご紹介することになるかもしれません。
posted by Akinosuke Inoue 23:39comments(0)trackbacks(0)pookmark


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