往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


<< 「明確なできない状況」と出会う | main | 吉本隆明『全南島論』 >>



モーツアルト「トルコ行進曲」十態

今日は音楽の話題を。

 

W.A.モーツアルト作曲「ピアノソナタ K331 イ長調」は、

3つの楽章からできているんですが、

ソナタ形式の曲がひとつもないのに
「ピアノソナタ」と称された珍しい作品でもあります。
 

wikipediaによると、この曲は1783年頃にウィーン、
もしくはザルツブルグで作曲されたというのが定説で、
1778年頃にパリで作曲されたという説もあるそうです。
 
いずれにしても300年以上も前の時代に作曲された音楽が
今日もなお演奏されたり聴かれたりすること自体、凄いことですよね。
 

 

第3楽章は、Rondo Alla Turca(トルコ風のロンド)と冒頭に指示があり、

「トルコ行進曲」として超有名なんですが、
ピアノを弾く人にとっては演奏したくなる曲のようです。
 
わたしがこの曲を最初に聞いたのは、
たぶん小学校3年生くらいのきだったとおもうんですが、
わたしもご多分に漏れず、
いつかは弾けるようになりたいなぁとおもったものです。
 
さて、最近はYouTubeにいろんな映像が上がっているので、
今日はこの「トルコ行進曲」の聞き比べをしてみようかと。
 
まずは、フジ子ヘミングによるライブ演奏です。
 


つぎは中国のピアニスト、ラン・ラン(Lang Lang)の演奏。
フジ子さんの1.5倍速ぐらいのスピードで、エネルギッシュですね。
 


カナダの鬼才グレン・グールドの演奏(古い録音で映像はイメージのみです)
これは逆にラン・ランの1/2ぐらいの超ゆっくりさで、
こうなると「行進曲」というより「お散歩」ですね。笑
 


次はのだめ カンタービレ。コンセルヴァトワールの試験でのだめが弾くシーンです。
ちなみに、演奏は吹き替えで、女優の上野樹里さんが弾いているのではなく、
ピアニストの清塚信也さんです。
 


ここからはオリジナルをアレンジした演奏で、まずは短調と長調の入れ替えヴァージョン。
トルコ行進曲の原曲は、短調で始まって長調で終わるんですが、
途中長調になったり短調になったりめまぐるしく変わっています。
それを全部ひっくり返し、短調の部分を長調に、長調を短調に変えて弾いていて、
長調で始まり短調で終わる形になっているので、
原曲を知っている人には、何となく違和感があるんですが、
音楽として間違っているわけではないので、こういう曲もあるのかなとおもえてきますね。
 


次はひたすら別の調に移調していくバージョンですが、
こちらは何ともシュールな感じですね。
 


次はファジル・サイの演奏。サイはトルコ出身の作曲家&ピアニストということで、
トルコ行進曲を自身のトレードマークとしてJazz風にアレンジして弾いているんですが、
最初はJazzではないオリジナルの演奏を。
右手の旋律で譜面にない装飾音を混ぜてるところが若干ありますが、ほぼ原曲通りです。
 

次はファジル・サイ編曲による十八番の演奏JAZZ風ヴァージョン。
2006年に来日した際、コンサートのアンコール曲として演奏されたもの。
このアレンジは好評で譜面も出版され、サイ以外にも演奏する人が少なくありません。
 


次はヴォロドスというピアニストが編曲した超絶技巧ヴァージョン。
これも譜面が出版されているのでいろんな人が弾いているんですが、
超絶技巧で知られる女流ピアニスト、ユジャ・ワンの演奏です。
 


さいごに、前の演奏を編曲したヴォロドス自身によるライブ演奏です。
 

十態ですので、ここまでなんですが、番外編としてピアノ以外の演奏をおまけとして2つ。

ひとつめは、斎藤晴彦さんの唄うクラシックバージョンの「トルコ行進曲」
生映像はYouTubeに上がっていなかったんですが、歌詞がありました。
ソープランドという名前が使われるようになったのが1984年のことなので、
若い人たちには「トルコ風呂」いう言葉がかつて何を意味していたかなんて
まったく想像もつかない話でしょうが・・・


 
ふたつめは、由紀さおりさんと安田祥子さんのデュオでスキャットバージョン。





いずれも素晴らしい演奏でしたが、
ここまで聞くと、もう「おなかいっぱい!」って感じですよね。笑
 
聞いて下さった方、ホントにおつかれさまでした!
 
それにしても、たったひとつの作品でも、演奏する人によってさまざまな解釈が可能で、
その表現には、ここまでの大きな違いを生じせしめるんですね。
 
まずは、そのこと自体に驚きを禁じ得ません。

つまり、オリジナルと異なったスタイルにアレンジされ演奏されることの多い
J.S.バッハの作品などにも言えることですが、
こんなふうにいろいろな変化形を可能にするのは、
モトの音楽が計り知れないくらいの大きな猴焦鬮瓩鮖っていることに
起因するのではないかとおもいました。
 
おそらく、すばらしい芸術作品とは、その作品自体の完成度が高いということの他にも、
さまざまな解釈や改変を許容する犂錣旅さ瓩箸いν彖任あるのでしょう。
 
もし、モーツアルト自身がこれらの演奏を聞いたら、どうおもうでしょうか?
 
驚愕し激怒したかも・・・と一瞬はおもいましたが、いやいや、
平然として「オレってやっぱり天才だよなぁ〜」って悦に入ってたかもしれませんね。笑

・・・ということで、お後がよろしいようで。
posted by Akinosuke Inoue 16:52comments(0)trackbacks(0)pookmark


この記事に対するコメント











この記事のトラックバックURL
http://ouraimono.terakoyapro.net/trackback/1400291