往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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高橋悠治・なぜ学習か(季刊雑誌『トランソニック』3号巻頭言)

季刊トランソニック3号表紙


なぜ学習か  高橋 悠治(季刊雑誌『トランソニック』編集長)

ここに提出するのは、学習のためのアンソロジーである。
学習は結局、教育問題ではないのか?
とんでもない。これほど教育に近いようで正反対の概念はないのだ。

音楽教育については、これまでいやというほどに論じられ、そのための専門雑誌もいくつかある。われわれのなかにも、そこで教育について論じたことのある者が何人もいる。何を言おうとも結局は、「現場を知らないシロウトが何をいうか」という教育専門家の冷笑の前には空論と化すことが眼にみえている。われわれがそういう場にひきだされて、音楽教育の現状を批判してくれとたのまれること自体が、専門家の優越感と、それにもかかわらずシロウトへの寛容さをしめすための予定の行動なのではないだろうか?

まともに教育を論じ、あたらしい教育法を提案することは、専門家の技術支配の現存するシステムの枠内で問題を意識し、そのシステムの保存に奉仕する以外の役にはたたない。

教育の結果はまなぶ側にあらわれる。ところが、「何をおしえるか」という問題の立て方をすることで、状況は逆転してしまう。

学習には、このように固定したかたちで「何を」が問題になることはない。それはひとつの連続的なプロセスであり、状況にはたらきかけるやり方をかえながら、その有効性をたえずはかることによってすすんでゆく。ここで行動や判断が変化すると同時にその対象も変化する。それは1対1のゲームであり、「何ものかを理解する」というより、「何ができるか」が問題になる。音楽を学ぶことは、それをかえることなのだ。

このことは一見創造とは間接の関係しかもたないような音楽の演奏のときにもあっきりあらわれる。かれ以前におこなわれたおなじ曲の何千回の演奏も、かれのその時の演奏を説明できはしない。演奏の一回性は、演奏される曲をあたらしい状況におき、それを変化させることなしには不可能である。

変化がおこるためには、そこにまずモデルが存在していなければならない。無からの創造が継続するためには、全否定以外の変化は不可能になるのだから、モデルはそれにかかわることによって変化させられる。それは結論ではなく、せいぜい例題の役割しかもたない戦術モデルである。方法は応用によってゆたかになってゆく。

学習は永続的なプロセスである。それは特定な状況にぶつかってはじまる、というものではない。状況はすでにそこにある。自分の位置を測定することからゲームははじまる。それはいくつもの次元で同時になされる。

巨視的には音楽の置かれている位置と、社会のなかでそれがもつ役割がある。音楽活動が独立の領域をもつからといって、音楽のよろこびにひたっている音楽は、自分のしごとが何を意味しているか知らない。

ボルヘスの「円形の廃墟」というものがたりで、ゆめのなかから自分の息子をつむぎだすことに成功した魔法つかいは、死に面してかれ自身も他人のゆめの産物にすぎなかったことをさとる。そのように、産業社会のマス・メディアやテクノロジー、また虚像をつくる広告のことばに無関心に自分の音楽だけをつむぎつづける音楽家も、ある日かれ自身をつむいでいる広告機械の存在に気づくことはないだろうか?

現実の場からひきさがり、自分たちの小解放区をひたすらまもろうとする小地主のエゴイズムとは反対に、この中心部を変化させるための学習を無視することはできない。音楽は技術をはなれて存在したことはなかった。いま、技術はますます独占され、集中されている。それに対応して音楽の技術も私有物になり、スタイルやデザインになってゆく。技術がそれを作り出した現実からきりはなされ、デザイン化する一方、技術におきわすれられたふるい思想は無意識のなかでバクテリアのように自己増殖する。

微視的な次元での自己学習は、感覚の意識化にはじまる。たとえば音をつくる動作にふくまれる複雑な生物的プロセスは、フィードバックの連続性のなかでしなやかなコントロールのもとにおかれ、最小限有効なものにかぎられる。技術としての瞑想、理念としてのビオメハニカの成果がとりあげられよう。

最後に、視点のさまざまな次元は統合されなければならない。感覚の対象化をともなわないテクノロジー論はマキャヴェリズムにおわり、メディア論からきりはなされた感覚自立の訓練は神秘主義のなかにくずれおちるだろう。



季刊雑誌『トランソニック』(全音楽譜出版社)第3号[1974.7.25発行]巻頭言 全文
posted by Akinosuke Inoue 21:26comments(0)trackbacks(0)pookmark


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