往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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『幸福に死ぬための哲学 池田晶子の言葉』より

池田晶子の言葉


●しょせんは言葉、現実じゃないよ、という言い方をする大人を、
 決して信用しちゃいけません。
 そういう人は、言葉よりも先に現実というものがある、
 そして、現実とは目に見える物のことである、とただ思い込んで、
 言葉こそが現実を作っているという本当のことを知らない人です。
 「犬」という言葉がなければ、犬はいないし、
 「美しい」という言葉がなければ、美しい物なんかない。
 言葉がなければ、どうして現実なんかあるものだろうか?
 目に見えるものだけが現実だと思い込んで一生を終えるなんて、
 あんまり空しい人生だと思わないか。
(『14歳からの哲学』より)
 

●生まれて死ぬ限り、必ず人は問うはずだ、「何のために生きるのだろう」。
 数千年前から人類は、人生にとって最も大事なこの問いについて、
 考えてきた。考え抜いてきたんだ。
 賢い人々が考え抜いてきたその知識は、新聞にもネットにも書いてない。
 さあ、それはどこに書いてあると思う?
 古典だ。古典という書物だ。いにしえの人々が書き記した言葉の中だ。
 何千年移り変わってきた時代を通して、
 まったく変わることなく残ってきたその言葉は、
 そのことだけで、人生にとって最も大事なことは
 決して変わるものではないということを告げている。
 それらの言葉は宝石のように輝く。
 言葉は、それ自体が、価値なんだ。
 だから、言葉を大事に生きることが、
 人生を大事に生きることに他ならないんだ。
(『14歳からの哲学』より)


●なるほど、ある意味では、言葉を語るとは、すべて嘘を語ることである。
 言葉により語られなければ何事でもないことを、
 何事かであるかのように語るのが、言葉というものの機能だからである。
 語るとは騙(かた)ることである。
 ゆえに、言葉のこの嘘をつく機能を自覚しつつ、
 いかにして本当を語るかというところに、
 その人の本当があることになる。
 自分で自分の言葉に酔払っているような政治家が、本物であるわけがない。
 そのような政治家の語る言葉に、
 同じく酔払ってゆく大衆の側も然り。
(『勝っても負けても』より)


『幸福に死ぬための哲学 池田晶子の言葉』(講談社)より
COMMENT:すこし前にはヴィトゲンシュタインの言葉を紹介したこともありましたが、今年はお正月明け吉本隆明さんの『言語にとって美とはなにか』を読み進めていることもあり、言語の本質というものをいろんな角度から捉え直しています。たとえば、「人間だけがなぜ言葉を使うのか?」という問いにはさまざまな答え方が可能でしょうし、おそらく一つだけの正解に収束することはないかもしれません。そんなところから、一昨年に出版された哲学者・池田晶子さんの箴言集から、犖斥姚瓩亡悗垢襦峺斥奸廚鬘海珍んでみたんですが、言葉に依拠しつつも過信しない姿勢、嘘を騙るという機能を自覚しつつ、いかに真実に迫っていくかが大切なんだと改めておもいました。
posted by Akinosuke Inoue 23:29comments(0)trackbacks(0)pookmark


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