往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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梅棹忠夫『情報の文明学』より

情報の文明学

・・・人類の産業の展開史は、農業の時代、工業の時代、精神産業の時代という三段階をへてすすんだものとみることができる。現在は、第二段階の工業の時代にあって、いまなお世界の工業化は進行中であるが、すでに一部には第三段階の精神産業の時代のきざしがみえつつある、そういう時代なのである。

この三段階説は、一見さきにのべた第一次、第二次、第三次という、産業の三分類に対応するようにもみえるが、そうではない。第三次産業に属する商業や運輸業やサービス業のかなりの部分は、じつは第二段階の工業の時代の生産物たる、大量の商品を処理するための、付帯的、補助的な産業にすぎないのであって、情報産業のような精神産業とは原理的にことなるものである。

わたしはいま、人類の産業史の三段階を、農業の時代、工業の時代、精神産業の時代と名づけたが、さらにすすんで、この三つの時代の、生物学的意味をかんがえてみよう。それぞれの時代は、有機体としての人間の機能の段階的な発展ともかんがえることができるのである。まず、農業の時代にあっては、生産されるものは食料である。その時代にあっては、人間はくうことにおわれている。くうということは、動物としての人間において、いわば消化器官系の機能にかかわることである。もし、発生学的概念をこれに適用するとすれば、この時代は、消化器官系を中心とする内胚葉諸器官充足の時代であり、これを内胚葉産業の時代とよんでもよいであろう。

つぎに、第二の工業の時代を特徴づけるものは、各種の生活物資とエネルギーの生産である。それは、いわば人間の手足の労働の代行であり、より一般的にいえば、筋肉を中心とする中胚葉諸器官の機能の拡充である。その意味で、この時代を中胚葉産業の時代とよぶことができる。

そして、最後にくるものは、いうまでもなく外胚葉産業の時代である。外胚葉諸器官のうち、もっともいちじるしいものは、当然、脳神経系であり、あるいは感覚器官である。脳あるいは感覚器官の機能の拡充こそが、その時代を特徴づける中心的課題である。

こうして系列化してみるとき、人類の産業史は、いわば有機体としての人間の諸機能の段階的拡充の歴史であり、生命の自己実現の過程であるということがわかる。この、いわば人類の産業進化史のながれのうえにたつとき、わたしたちは、現代の情報産業の展開を、きたるべき外胚葉産業時代の夜あけ現象として評価することができるのである。


梅棹忠夫『情報の文明学』所収「情報産業論」P.42〜43より


COMMENT:情報産業社会の到来をいち早く予告し、その可能性を人類文明の巨大な視野のもとに考察した梅棹忠夫さんの論文「情報産業論」より骨子の部分を引用しました。梅棹さんは、インタビューゲームで使用しているB6判の情報カード(京大式カード)を考案した人でもあり、このblogでは少し前に『知的生産の技術』(岩波新書)を紹介しています。未来学者アルビン・トフラーが『第三の波』を書いてミリオンセラーになったのは1980年で、この情報産業論が書かれたのは1962年ですから、トフラーより20年近く先んじていることになります。その頃の日本は池田勇人による所得倍増計画が始まって3C(クーラー・カラーテレビ・カー)が普及し始めた時期・・・そんな時代になぜ梅棹さんは情報化社会の到来を予言できたのでしょうか? わたしが梅棹さんの本をはじめて読んだのは20代後半のことでしたから、もうかれこれ30年近く前になるんですが、そうした問いをヒントに考えを深めていくといろんなことが見えてきて面白いですよ。
posted by Akinosuke Inoue 23:30comments(0)trackbacks(0)pookmark


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