往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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ふりかえりは過去からいまの自分を観ること

反省ではなくふりかえり.jpg

あの・・ふりかえりって
過去をおもいだしたり、
過去のことを良し悪しで
評価したりすることじゃないんですよ。
 
反省っていうと、
だいたいは、ここが良かったとか、
あれはダメだったとか、
良し悪しの評価を言うことだと
おもってる人が多いので、
「反省」と「ふりかえり」と
区別して使うようにしているんですが
まったく似て非なることなんです。
 
だって、良し悪しを評価するってことは、
良し悪しを言った時点から先は
自分を観ようとすることそのものを
もう止めてしまっているでしょう?
 
自分の眼で自分の眼を
観ることができないのと同じで、
いまの自分で
いまの自分を観ようとしたって
どだい無理な話ですよね?
 
だから、いまの自分が観ている
いまの自分の像っていうのは、
どれだけ精密にとらえようとしても
とらえたつもりになっているだけで
結局ゆがんでいるし、すぐに
トートロジー(同語反復)に陥ってしまいます。
 
つまり、視点(視座)は、
いま、ここ以外の時間、場所に置かなければ、
いまの自分を観ることなんてできないし、
どんなことでも自分で体験してみるってことは、
そういう意味で決定的に重要なんです。
 
視点をいま以外の時間や場所に置いて、
体験した爐い泙亮分瓩砲弔い董
一切の評価をせず、ありのままに観る・・・
それが爐佞蠅える瓩辰討海箸覆鵑任后

posted by Akinosuke Inoue 22:15comments(0)trackbacks(0)pookmark


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