往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


<< 武満徹編曲『ゴールデン・スランバー』の楽譜発見! | main | 高橋悠治『きっかけの音楽』より >>



自然について 〜エピクロスのおしえ〜

エピクロス.jpg

1) かんがえるためのきそく
    エピクロスはいう
    かんがえるとき ことばから
    もののかたちが うかびあがる
    かんがえるとき ことばから
    もののかたちが うかびあがる
    それをしっかり つかまえるならば
    きりのないせつめいは もういらない
    そのときそこで かんじるままに
    みるものは いつもただしい

 

 

2) うちゅう
    うちゅう
    ないものからは なにもうまれない
    ないものからは なにもうまれない
    ないものからは なにもうまれない
    それでなければ なんでもが
    なにからでも かってにうまれて
    たねもいらない ことになる
    なにかが みえなくなったとき
    それがきえて しまったとすれば
    せかいじゅうのものは とっくに
    なくなっているだろう
    うちゅうぜんたいは いまあるとおり
    いつもあった
    これからもきっと このとおり
    あるだろう

 

 

3) ものとすきま
    ものとすきま
    もののなかには すきまがある
    もののなかには すきまがある
    それはどうしても さわれないばしょ
    どうしても さわれないばしょ
    かたいいわにも みずはしみこむ
    こえは かべをつきぬけ
    はげしいさむさは ほねにしみる
    すきまがなければ もののあるばしょはなく
    それがうごけるところもない
    みずのすきまをみつけて さかなはすすむ
    さかなはすすむ さかなはすすむ

 

 

4) げんしのあめ
    げんしのあめ ふかい くうかんを
    げんしのあめは まっすぐおちてゆく
    もしもどこかで あるときあるものが
    かすかに かたよらなかったら
    どこにもなんにも おこらなかったろう
    「げんしは おちる あるものはまがり
    あるものはぶつかりあい からみあい
    あるものははねかえり とおくとびちる」
    こうして ふるいせかいはくだけ
    あたらしいちからが わきあがる

 

 

5) かぞえきれないせかい

    かぞえきれないせかい
    かぞえきれない たくさんのせかいがある
    ちきゅうに にたせかい
    にてないせかい
    かぞえきれないげんしが
    うちゅうをとびまわり
    つかいきれない くみあわせが
    とおくはなれた たくさんのせかいを
    うごかしている
    せかいは かわりつづける
    いつまでも

 

COMMENT:高橋悠治さんが1974年に作曲された児童合唱作品『自然について 〜エピクロスのおしえ』で用いられたテキスト。エピクロス自身のものではなく、ローマ時代の詩人ルクレティウスがエピクロスの哲学を忠実に韻文化したものを高橋さんが訳した。高橋さんは、この作品について「エピクロスをえらんだのは、かれが古代世界の終わり近く戦乱の間に生きながら、科学的に世界を理解することで心の平和をみつけようとした哲学者であり、また哲学を自分の庭の学校で女やドレイにも開放し、友情にもとづいて生きることをおしえたからである」とコメントしている。

nsts-04582-6.jpg

初出は雑誌『エピステーメー』1976年8+9月号:特集「音・音楽」(朝日出版社)

nsts-04582-2.jpg

posted by Akinosuke Inoue 21:28comments(0)trackbacks(0)pookmark


この記事に対するコメント











この記事のトラックバックURL
http://ouraimono.terakoyapro.net/trackback/1400349