往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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むかし書いたコラム記事から(その19)

第19回「“教えない教育”ってなあに?」

皆さんは“教えない教育”って聞いてどんなことを思いますか?
私は以前、進学塾で小中学生に勉強を教える仕事をしていました。
そこは日曜祝日でも朝から晩まで補習授業をしたり、受験生は夜中の2時まで学習したり、というスパルタの塾で、私はそこで徹底的に“教える教育”をやったわけです。
たしかにそれだけやれば、成績も上がらない方がおかしいですし、志望校にも合格していきます。
しかしその反面、「勉強は塾でするもので、先生から教えてもらうもの」という受け身の習慣が身についてしまいがちで、自分の頭で考え、自分で決めたことを自分の力で実現することや、壁を自分でのりこえる経験が乏しくなる面があることにも気づき、“教える教育”に次第に疑問をもつようになりました。
そんな私が、“教えない教育”という言葉と初めて出会ったのは8年前のことでした。
当時はバブルの真っ只中で、“教えない教育”に関心を寄せる人はほとんどいませんでしたが、私なりにピンとくるものがあり、できるところから、試行錯誤しながら自分なりの“教えない教育”を実践してきました。
いじめ自殺、学級崩壊、不登校、昨今の青少年の殺傷事件と教育の問題がいろいろ表面化していますが、こうしたことをきっかけに、教育のあり方を考え直してみようという人も少しずつ増えてきたようです。
今年の2月中旬にTBS系TV番組、筑紫哲也氏の「NEWS23」で“教えない教育”が取り上げられ、ご覧になった方から大きな反響があったのですが、そのとき、ゲストコメンテーターとして登場していたセルフラーニング研究所長・平井雷太氏を迎えて、「教えない教育セミナー」を8月に開くことになりました。
また、6月15日には平井雷太氏の編集する月刊雑誌『教えない教育2000』も創刊されます。(2000.6.4)
 
●教えない教育には
 一方的に教えるだけの先生はいません
 参加者全員が「先生」であり「生徒」です
 その場に集う一人ひとりが
 互いに学び合う場づくりの仕掛人なのです
 「“教えない教育”っていったい何だろう?」
 問いが浮かぶことから
 自分なりの学びが始まります
 
※関心のある方にはくわしい資料を送りますので info@terakoyapro.netまでメールを下さい
posted by Akinosuke Inoue 12:25comments(0)trackbacks(0)pookmark


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