往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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むかし書いたコラム記事から(その26)

第26回 「天災は忘れた頃にやってくる」
 
11〜12日の集中豪雨は新川の堤防が決壊したほか各地で床下・床上浸水が発生し、被災された方には心よりお見舞い申し上げます。
私の住まいは四日市の富洲原にあり、夕方6時頃が一番ピークで、わが家の前の用水路があふれかえり、道路は40センチ以上冠水して車の出入りができない状態になってしまって、一時はどうなることかと思いましたが、何とかぎりぎりのところで浸水は逃れました。

皆さんのところは大丈夫でしたでしょうか?

これだけの雨が降ったのは近年になかったことですが、お昼頃から雨足が早いとは思っていたものの、夕方になってあっと言う間に水位が上がり、「市役所に災害対策本部が設置された」「避難勧告が出された」「JRも近鉄も止まった」というような情報が次々に入ってきて、準備どころか、なすすべが全くないという感じでした。
実は私は、41年前に伊勢湾台風が通り過ぎた翌朝早く名古屋の病院で生まれたので、両親から台風の話はよく聞かされました。

熱田区にあった自宅は床上30センチ浸水し、引くまでに一週間かかったそうですが、やはりそのときも雨や風が強くなったと思ったら、まわりに水が溢れ返るまであっという間の出来事だったということです。
ところで、この木曽三川流域は特に昔から水害が多かった地域ですが、家屋の造りや食生活には、災害がいつやってきてもいいような工夫がありました。

旧来、日本人の生活スタイルは、自然と共存しながら生きて行こうという姿勢があったように思います。

いくらダムや堤防を築いたところで、上流地域の開発が進んで含水力が落ちていますし、今回のように100年に1、2度あるかないかというような雨が降った場合には、とても歯が立ちません。

やっぱり自然をコントロールできると考えるのは間違いのように思います。
今日では日本でも生活パターンが西欧化し、特に都市部ではご近所のつきあいがほとんどない地域もあるようです。

しかし、こうした災害で困ったときにはお互い様で、いざと言うときには助け合いが必要です。

災害は突然訪れますが、災害への準備やまわりの人との関係が問われます。

結局は普段の心掛けということになるようです。
「天災は忘れたころにやってくる」ということわざの意味を改めて考えさせられた今回の大雨でした。(2000.9.15)

posted by Akinosuke Inoue 15:58comments(0)trackbacks(0)pookmark


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