往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


<< むかし書いたコラム記事から(その28) | main | むかし書いたコラム記事から(その30) >>



むかし書いたコラム記事から(その29)

第29回「生費者から循環者へ」

久しぶりの「からむこらむ」です。
すっかり朝晩涼しくなりましたが、みなさんお元気ですか?
さて、地産地消ネットワークみえのプロジェクト企画で、7月から月1ペースで松阪で食の学習会をお手伝いしています。
10月は「農家と消費者の交流
」をテーマにプログラムを組み立てました。
「地産地消」とは、地元で生産されたものを地元で消費するという意味の言葉です。
畑に大根がどんなふうにできているかを知らない都会の子どもたちがたくさんいるという話を耳にしたことがあります。
そのことを嘆く声もきかれますが、今日のように社会の分業化がすすんで、生産、流通、消費というシステムに組み込まれてしまうと、特に大都市で生活をしている人々にとっては、農家の人たちがどんな風に、またどんな思いでお米や野菜をつくっているのかを知る機会がなくなるのは当然の話でしょう。
つまり、最近になってBSE(狂牛病)や中国野菜の残留農薬など、食をめぐる様々な問題が多発していますが、こうした問題の根っこに「生産者と消費者という役割の分離」があるように思うのです。
でも、生産者の人たちにしても、きっとお米や野菜などを食べる生活をしているでしょうから、消費者の立場を考える視点があれば、安易に農薬を使うことはできないはずですし、消費者の人たちも、農家の人たちの苦労を知れば、食物を大切にしようという気持ちが自然に芽生えてくるのではないでしょうか。
ですから、まずは地域循環という視点をもって、生産者と消費者との顔の見える関係づくりが大事だと考えました。
未来学者のアルビン・トフラーは、「生費者(生産+消費)」という言葉を作りましたが、そこで問われているのは、効率やスピード優先、消費中心といったライフスタイルそのものの見直しです。
つまり、生産・流通・消費・還元の輪をコーディネートできる「循環者(循環型生活者)」が今こそ求められているのではないかと思うのです。
かつては「消費は美徳」と言われたことがありましたし、いまでも根強い価値観です。
この「消費は美徳」が「循環は美徳」となる
までには、まだまだ時間が必要でしょう。
そのためにも、リサイクル、リユース、リデュース、リフューズ等、多様な使い回しの技術を私たち一人ひとりが身につける必要があります。
今までの生活習慣を変えるというのは易しくなく、そんな一度にあれもこれもはできませんから、できるところ
から一歩ずつですね。
まずは、ひとりずつが身近なところで、少しずつから始めてみませんか?
posted by Akinosuke Inoue 22:33comments(0)trackbacks(0)pookmark


この記事に対するコメント











この記事のトラックバックURL
http://ouraimono.terakoyapro.net/trackback/1400453