往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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センスとは「存在感」

私の言うセンスとは「存在感」なんです。

 


存在感の無い人間は、
与えられた仕事をこなすだけで、
信頼も尊敬もされないわけです。

 


なので、
誰でも出来ることではないと思っています。

 


例えば、野菜を刻んでも刻んでも、
魚をさばいてもさばいても、
慣れたりしなくてもいいんですよ。

 


目指すは、上達ではなくて、
受けのいい人でもなくて、
自分のすることに、
ひたすら向き合い続けることなんではないでしょうか。

 


そのことだけがただここにある、
という風なのが
価値があることだと思えるんですよ・・・この頃。

 


人生、いろいろあります。
そして、人の気持ちというものは、
決してひとつの色に染まって
終わるものではありません。

 


優しさも厳しさも、
それぞれが分かちがたく混じり合って当たり前。

 


互いにそれを感じ合い、
人は人、自分は自分と認め合う。
親子だろうと家族だろうと他人だろうと、
それは同じですね。

 


人間は、人の生き方を認めることから、
自分の生き方というものを、
見つけるものではないでしょうか。

 


自分のためだけに生きるも、
誰かのためを考えて生きるも、
その人の人生ですから。

 


※寺子屋塾生のひとりが「あるおじさまから聞いた話」をもとにfacebookに投稿していた記事をご紹介しました

posted by Akinosuke Inoue 23:06comments(0)trackbacks(0)pookmark


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