往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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早川義夫『いやらしさは美しさ』

いやらしさは美しさ

・僕は今、歌を歌おうとしている。才能はない。技術もない。なおかつ、あがり症だ。その僕がどうして人前で歌おうとしているのか、自分でもよくわからない。日常で言いそびれたことを、非日常の世界で吐き出したいのかも知れない。「弱さが正しいのだ」ということを証明したいのかもしれない。「この世で一番キレイなもの」が何なのか知りたいのだ。

 
・恋をした。僕は再び歌を作るようになった。ブランクとか技術とか才能は関係ない。下手だっていい。伝えたいこと、伝えたい人がいれば、歌は生まれて来るのだ。
・もしも、歌いたいことがなければ、歌わないことが、歌っていることなのだ。僕は「歌わなかった二十数年間、実は歌っていたんだね」と思われるように、歌を歌いたかった。

・淋しいから歌うのだ。悲しいから歌うのだ。何かが欠けているから歌うのだ。精神が普通であれば、ちっともおかしくなければ、叫ぶ必要も心をあらわにする必要も楽器を震わせる必要もない。歌わざるをえないから歌うのだ。

・では何を歌うべきか。自分の心です。自分にしか言えない言葉、自分にしか出せない音です。日常で喋れるなら歌は必要はありません。言葉にできない本当の気持ちを歌に出来たらいいなと思っています。

・美しいものは、どこかにあるのではなく、心の中に眠っているものなのだ。歌を歌うのが歌だとは限らない。感動する心が音楽なんだ。

・性格が滲み出てしまう顔つきが大切なのだと思う。人との接し方、ものの言い方、声にも性格は出る。優しい人は優しい口調だ。かっこつけている人はかっこ悪い。人のことは言えないが、見栄と自惚れがもろに表れると醜い。
・自分の意見は正しいと思ってもいいけれど、もしかしたら、間違っているかも知れないという謙虚さは持ち合わせている方がいい。勝とうとしている人は劣等感丸出しだ。

・昔つきあっていた彼女は、「どこに出してもいい」と言ってくれた。「やり逃げしてもいい」とさえ言われた。今思うと、愛そのものだった。「他の女の子を好きになったらどうする」と訊ねたら、「我慢する。悲しいけど」と笑っていた。彼女とはよく、「心はいったいどこにあるのだろうね」と話しあった。僕が「あそこ」かなと言うと、彼女は、「細胞のひとつひとつの裏側にひとつひとつ付いているんじゃない」と答えた。

・いい恋には発見がある。きっと人間としても成長する。僕はバカだから、彼女を都合よく愛していたのだろう、最後は、思いっきり振られてしまった。振られてから、あーもっと大切にすればよかったと、随分長く、悲しみ苦しんだ。どんなに時が過ぎても、恋はもう二度と出来ないだろうなと思うほどに。

・思い起こせば僕は数々の失敗を重ねてきた。あの時もああすればよかったこうすればよかったと悔やむことが多い。しかし、その時その時、自分なりに最善を尽くしてきたはずなのだから、それで良かったのだ。
・今の僕があるのは、愚かだったことも含めすべて過去のおかげだ。可能性は非常に薄いけれど、なおかつ、はたから見れば滑稽に映るだろいうけれど、これからも「女の子」に恋をしよう。それしか生きがいはないではないか。

・いい人がいい音を出し、嫌な人は嫌な音を出すはずだと思いたいのだ。心が歪んでいれば歪んだ歌しか作れないし、キレイな気持ちになれなければキレイな音は出せないのではないか。
・音を発する、言葉を発するということは、テクニックとは関係なく、隠しようもなく、本性が表れてしまうものだと思うのだ。

・僕に才能はない。技術もない。ステージ度胸もない。昔も今も音楽で生活できたことは一度もない。これからもない。それは自慢でも皮肉でもない。ではどうして、人前で歌おうとしているのかと言えば、歌を中途半端でやめてしまった気持ち悪さと悔しさみたいなものがあったからだ。そして、歌わなければ、誰かとつながりを持っていなければ、自分は犯罪者になってしまいそうだからである。

・説明などしなくても分かりあえるというのが理想だ。カメラや電化製品も説明書を読まずして、直感的に操作でき、手になじむのがいい道具だ。人間関係においてもそうだ。いちいち説明をしなければ、誤解を生むような間柄では、さびしい。犬や猫は愛という言葉を知らないのに、愛情だけで寄り添って生きている。そんな関係でいられたらと思う。

・いい音は呼吸をしているから生きている。身体の中を通って来るから濡れている。いい音楽は、自分は何者なのか、何のために生まれて来たのか、どう生きて行ったらよいのかを映し出す。歌を歌うということは声を出すことではない。楽器を奏でるということは音を鳴らすことではない。内臓を見せるのだ。悲しくて色っぽくなきゃ音楽じゃない。

・歌を作って歌うということはプロポーズと同じである。うまいへたは関係ない。自分の言葉と自分の音で表わさない限り、説得力はない。
・一回だけ、やりませんか。一回だけ、僕とやりませんか。一回だけ。もしも、お互いに気に行ったら。もう一回。もう一回、一回だけ。

・人間は弱い。特に男は弱い。女よりも弱い。たぶん頭も弱い。感受性も鈍い。いいところなしだ。ゆえに寂しい。偉そうなふりをするだけである。強そうなふりをするだけである。

・わかっているふりをするだけである。劣等感を持っている人ほど優越感を持ちたがる。かっこ悪い人ほどかっこつけたがる。この世はすべて逆だと思えばだいたい当たっている。

 

早川義夫『いやらしさは美しさ』(アイノア)より

posted by Akinosuke Inoue 23:58comments(0)trackbacks(0)pookmark


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