往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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塾生が書いたblog記事から

2017年9月の学習記録表_廣安祐文.jpg
昨年8月から寺子屋塾で学んでいる廣安祐文くんが、10/2のblog記事に算数教材(幼児〜小学校課程)の学習を終えた気づきを書いていましたのでご紹介します。写真は彼の9月の学習記録表です。
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2017.10.02 【560日連続投稿】
2016年8月からはじめたらくだプリントが昨日で幼児〜小学校課程を一通り終えました。らくだプリントをはじめて1年と2ヶ月が経ち、数えきれないほどの気付きがあるのですが、今日だからこそ自分から発せられる言葉を残したいと思い、ここに綴ります。
本日、普通に寺子屋塾に足を運びました。いつも通り今日のプリントを解こうとしていると、一名の来客者が来られました。その方はどうもネットで「寺子屋」と検索したら、この場所がヒットしたので興味があって来ましたという方でした。
その方がいらっしゃったから、今日の寺子屋はいつも以上に賑やかに話が弾んでいました。
私はその方から「らくだをされて何か変わりましたか?」という質問を受けて、少し間をあけて答えたことが自分にとってかなり大切なことだったのではないかと口にした後に思いました。
「たくさんのことを気づいたり学んだりしてきていると思いますが、あえて今思っていることを言うなら、どんな環境でも自分なりに楽しめたりやっていける力がつく」
と私は答えました。
らくだプリントは原則1日1枚やります。
強制されてはじめるのではなく、自分で決めたり提案に乗ってはじめます。
セルフラーニング(別名:自学自習)は、自分で進めることができ自分でどんどん先に行くということだけではなく、自分が学んだこと気づいたことを他者との対話の中で深めて行くことも欠かせない要素なんだろう。
私は、気づいたこと感じたことを言葉にするのが正直苦手です。いや、言葉にするというか具体的に言葉にすることが苦手なのだと思います。そんな時、拙い言葉でも誰かが聞いてくれて自分にない言葉が返ってきて「それそれ!!」と思うことが多々ありました。
だから、セルフラーニングは自分一人ではできない学習なんですね。
僕がらくだプリントを続けようと思うのも、ブログを続けようと思っているのも、誰かの存在無くしてはあり得ないものをこれまで以上に感じます。
多分、いや絶対、僕の生き方も誰かがいるから成り立っている。
「誰かの存在のお陰で」
働こうと思ったり、
キャンプしたいと思ったり、
シェアハウスに住みたいと思ったり、
女性と付き合いたいと思ったり、
生きるって悲しいことや苦しいことがあってもいいもんだと思えたり、、、
逆にらくだプリントのお陰で、繋がれている人もいるわけで、
自分を深めて行くことで他人とより一層繋がれることがあるわけで、
面白いですね。
どんな環境でも楽しめるってころは、その場に多少なりとも好きであったり、興味があったりするんだと思います。
とりあえず良し悪しを考えず、目の前のことをやっている人はどんな環境でも楽しめる可能性があると思う。
はじめからこれはこういうものだ。年を取るごとに何かをやる前に経験から予想ができるからそうなると、以前聞いたことがあります。
でも歳なんて関係ないと思う。一度やったことがある、小学校の算数プリントでも毎日やることで発見があるのだから、歳のせいなんてことはない。
誰でも、楽しめる力って持っていると思う。そんなことを思いました。

 

さて、今日から中学生課程に入っていますが、1枚1枚のプリントをしっかり味わいたいと思いました。

 

おわり。

posted by Akinosuke Inoue 23:41comments(0)trackbacks(0)pookmark


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