往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


<< 塾生が書いたblog記事から | main | 塾生が書いたblog記事から >>



塾生が書いたblog記事から

10/5からこのblogでは寺子屋塾で学習している塾生が書いているblogを紹介しているんですが、今日は2014年9月から学習しているとしくんこと堀岡寿至さんのblog日進月望です。


こうして日々の雑感や心持ちを文章化して発信することをらくだメソッド指導者やその周辺の人たちの間で犢邑蹴忰瓩半里掘△修Δ靴進絃呂鯑常的にやりとりしていた時代がありました。

考古学に対して考現学・・・土器のかけらに古代という時代を推察する学問を犢邑迭忰瓩半里垢襪覆蕁∈を推察する学問というものがあってもよいのでは?ということで、その風俗をスケッチすることで今という時代を明らかにしようとしたのが、今和次郎さんの提唱する考現学の手法だったのです。

まさにこうしたblogを書き続けるという行為は、犢邑蹴忰瓩砲△燭襪噺世辰討茲い里任蓮△箸もうのですがいかがでしょうか。

としくんが今年の2/8に投稿していたblog記事と、その記事にコメントしたわたしの文章を以下に載せます。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
 
ほんとうは。。。 2017.2.8

〜したい、〜ほしい。。
そんな想いを胸に秘めながら、
結局そのための一歩さえも踏みださずに一日を過ごし、
幕を閉じていないかな?
ふと疑問に想い、
どんな小さなことでもいいから、
確実に一歩ずつ踏みだして行こうと思う今日この頃。

結局何も関係がないことで、

一日から溢れ出てしまわぬように><


COMMENT:
>どんな小さなことでもいいから、
確実に一歩ずつ踏みだして行こうと思う今日この頃。


・・・と書きつつ結局方針止まりで、具体策はなにもなし。このところのとしくんのblogって基本的にずっとこのトーンですよね〜

でも、だからといってわたしは、そうやって立ち止まっている現状を責めるつもりはまったく無くて、たぶんいまのとしくんはそういう局面にあるので、それはそれとして受容していくしかないのではとおもうからです。
「願望と意志の違い」って話をいつも未来デザインのときにしていますが、願望が願望のままで意志となりえずに立ち止まってしまうのはいくつか理由があって、たとえば、心の底にある無自覚な恐怖心がそうさせているのかもしれません。
でも、そういう無自覚な恐怖心というのは盲点というか見えないところにあるので厄介なんですね。現状を変えようという想いはあっても、変えたい相手は見えず・・・焦りを増長させるだけに終わりがちなので、何が自分を立ち止まらせているのか、良し悪しの評価や判断せず、しっかり「観察」することですね。
またこの続きは教室で〜

 

posted by Akinosuke Inoue 23:59comments(0)trackbacks(0)pookmark


この記事に対するコメント











この記事のトラックバックURL
http://ouraimono.terakoyapro.net/trackback/1400482