往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。


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亡父の話(その2)

私の父の父、つまり父方の祖父は、歌舞伎役者というか
いわゆる旅芸人でした。

父が小学5年生の時に祖父は亡くなったのですが、
父はその年代の人にしては珍しく、
ギターやアコーディオンを演奏する音楽好きな人だったのは、
芸人であった祖父の血を引き継いだからでしょうし、
私の音楽好きもそのような血を引き継いだからに違いありません。

ところで、「歌舞伎」という言葉の語源は「傾く(かぶく)」で、
どっちかに偏って真っすぐではないさまのことです。
そこから転じて、人生を斜(しゃ)に構えた人、
身なりや言動が風変わりな人やアウトロー的な人などを
「かぶきもの」と呼んだわけです。

つまり、「かぶき」とは、「かぶく人たちのかぶく芸」のことで、
「歌舞伎」という漢字は、後から国語学者が充てたものです。
「歌舞」は、文字通り歌と舞であり、
「伎」は演技、技術の技と同義なのですが、
伎ひと文字で役者を意味するそうなので、
歌舞伎とはまさに、「歌と舞踊と俳優で作るエンターテインメント」
ということになり、当て字とはいえお見事だと思います。

今の私は芸事を職業としているわけではないのですが、
教育という全く違ったフィールドで仕事をしながらも、
その根底には、「かぶきもの」と呼べる精神が横たわっているのでしょう。

それは、間違いなく祖父、父から引き継いだものであるし、
肉体としての祖父や父は死んでしまっているのですが、
今もなお私の中で生きているんだと思います。

何をしているか、ではなく、どう生きているかなんでしょうね。

posted by 23:06comments(0)trackbacks(0)pookmark


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