往来物手習い

むかし寺子屋では師匠が書簡などを元に往来物とよばれる教科書をつくっていました。
寺子屋塾&プロジェクト・井上淳之典の日常と学びのプロセスを坦々と綴ります。





吉本隆明「恋唄」

吉本隆明詩集

 


九月はしるべのなかった恋のあとの月
すこし革められた風と街路樹のかたちによって
こころよ こころもまた向きを変えねばなるまい


あらゆることは勘定したよりもすこし不遇に
予想したよりもすこし苦しくなる
わたしが恋をしたら
世界は掌をさすようにすべてを打明け
幸せとか不幸とかいう言葉をつかわずに
ただひどく濃密ににじりよってきた
圧しつぶそうとしながら世界はありったけ
その醜悪な貌をみせてくれた
おう わたしは独りでに死のちかくまで行ってしまった


いつもの街路でゆき遇うのに
きみがまったく別の世界のように視えたものだ
言葉や眼ざしや非難も
ここまでは届かなかったものだ


あっちからこっちへ非難を運搬して
きみが口説を販っているあいだ
わたしは何遍も手斧をふりあげて世界を殺そうとしていた
あっちとこっちを闘わせて
きみが客銭を集めているとき
わたしはどうしてもひとりの人間さえ倒しかねていた
惨劇にはきっと被害者と加害者の名前が録されるのに
恋にはきっとちりばめられた祝辞があるのに
つまりわたしはこの世界のからくりがみたいばっかりに
惨劇からはじまってやっと恋におわる
きみに視えない街を歩いてきたのだ
かんがえてもみたまえ
わたしはすこしは非難に鍛えられてきたので
いま世界とたたかうこともできるのである

 

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吉本隆明さんの一番好きな写真

さよなら吉本隆明 裏表紙


今日は、吉本隆明さんの写真のなかからわたしが一番好きな1まいをご紹介。
 

この写真は、2012年に亡くなられた直後、
追悼号として出された別冊文藝『さよなら吉本隆明』の裏表紙にあるんですが、
子どもたちが遊んでいる路地裏を
買い物袋を手にした吉本さんが歩いている姿を写したものです。

 
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高橋悠治さんが3/30NHK-BSクラシック倶楽部に出演

ベーゼンドル:ァー:インペリアル97鍵.jpg

わたしが高校3年のときに出会い、人生の師として永く私淑している高橋悠治さんは、今年9/21の誕生日がやってくると79歳、数え歳で80歳となり卒寿を迎えられますが、今なお創作・演奏・執筆と現役で活躍されている音楽家です。
 
3/30の早朝に放映されたTV番組に、その高橋悠治さんが久しぶりに出演(NHK-BSクラシック倶楽部)されてました。

その日のblog記事で紹介した「あけがたにくる人よ」は、番組の最初で波多野睦美さんが歌われた、悠治さん作の歌曲作品。
永瀬清子さんが81歳のときに書かれた詞とのことですが、とっても瑞々しい内容ですね。

さて、今日はそのときに弾いていたピアノのことを書いてみようと。
 
そのピアノは、鍵盤が97鍵もある(8オクターブ)ベーゼンドルファー/インペリアル290というハイエンドモデルでした。
 
世にあるアコースティックのピアノはほとんど88鍵(7オクターブ1/4)で最低音はA音なんですが、このピアノはその長六度下のC音まであって9鍵多く、88鍵しかない他のピアノで馴れたピアニストが間違えて弾かないよう、写真のように白鍵部分も黒く塗りつぶされています。
 
なぜ97鍵なのかという理由は、ベーゼンドルファー公式Websiteの記述では、ピアニストで作曲家だったフエルッチョ・ブゾーニの要請だったとのことです。そのブゾーニが編曲したバッハの作品や、モーリス・ラヴェル「洋上の小舟」、バルトーク・ベーラ「ピアノ協奏曲第2番」などに97鍵盤のピアノでないと弾けない音が出てくるそうなんですが、全体としてみればそれほど多くはありません。

スタインウェイのピアノが使われることが多いのに、敢えてベーゼンドルファーの、しかも97鍵のインペリアルを選んだのはナゼなのか? その理由までは番組内では語られていませんでしたが、たぶん何らかの目的があったのでしょう。



ピアノ右側面に刻印されたロゴBösendorfer瓩見えるアングル

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最後のバッハ平均律6番の演奏では、珍しくこのように上から撮影するアングルもあって、97鍵のピアノを使っていることを見せたい意図を感じました。

2017-04-01 11.48.56.jpg
  ↑↑↑↑↑
黒い白鍵が5つ見えますね。


さて、今回の番組はライブではなくスタジオ録音で、冒頭から悠治さんが自らナレーションを語り、曲の合間には演奏する曲目の解説のほかにも、共演者である波多野さん、栃尾さん、写真を撮られた平野多呂さんの談話や悠治さんのコトバを挟み込むという、わたしのようなファンにはたまらない構成になっていました。まぁマニアックといえばマニアックですが・・・笑


番組内で悠治さんの朗読で紹介された悠治さんのコトバはつぎのとおり。

●音楽は社会と歴史の中で生まれ
 絡み合う音の網がうごきながら
 ことばにならない内側の感情や感覚
 まわりにある空間のひろがりの感触の記憶を残して
 消えていきます
 即興のあそびであり 音の発見であり
 残された記録を読み直すのが演奏で
 そこからまた別な音楽が生まれるかもしれない

●さまざまな音楽が響き合って
 今の世界を映しています
 音楽は
 記憶と希望を呼びさますこともある
 音楽のある場所で人は
 ひとりでないことを感じます



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

【番組データ】
放映日時:3/30(木) AM5:00〜5:55
番組名:NHK BS クラシック倶楽部
タイトル:高橋悠治 in NHK 〜時代を超えて 音楽の輪を回す〜
出演:「風ぐるま」(高橋悠治、波多野睦美、栃尾克樹)
撮影:平野太呂
ナレーション:高橋悠治

【演奏曲目】
・永瀬清子の詩による「あけがたにくる人よ」
・Schubert: Ellens Gesang II, III (Ave Maria) (1825)
・Schubert の詩による Klage an das Volk(民衆に訴える)(2005)
・Marin Marais: Le Tableau de l'Opération de la Taille(膀胱結石手術図)(1725)
・「網膜裂孔」(2013)
・Ivor Gurney: Sleep (1912)
・Gurneyの詩による Bach and The Sentry (2013)
・Bach: Prelude and Fugue in D minor Well-Tempered Clavier vol.1 no. 6 BWV. 851 (1722)

【見どころ】
作曲・演奏・文筆と多彩な活動を続ける高橋悠治が自作曲とそれにつらなる過去の音楽を集め、2017年1月にNHKで演奏。収録の様子は、幼い頃から高橋を見てきた写真家・平野太呂が撮影。今回の楽曲や自身の音楽観について、高橋が自らのナレーションで語り、平野の写真とあわせて高橋悠治の「現在」を伝える。共演は高橋のユニット「風ぐるま」で共に活動をしているメゾ・ソプラノの波多野睦美とバリトンサックスの栃尾克樹
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永瀬清子「あけがたにくる人よ」

永瀬清子

あけがたにくる人よ
 永瀬 清子(1906〜1995)

 

 

あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
わたしはいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている

 

その時私は家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった

 

その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っているか
道べりの柳の木に云えばよかったのか
吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか

あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向うで汽車が汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった

 

もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ


 

永瀬清子『あけがたにくる人よ』(思潮社・1989年)より

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ドビュッシー「水の反映」(映像第1集より)

フランスの作曲家クロード・ドビュッシーが1905年に作曲した「映像第1集」という3曲からなるピアノ曲集があります。
 

この「映像・第1集」は、ドビュッシー自身が「シューマンの左かショパンの右に位置するだろう」と述べたといわれる自信作なんですが、3曲のうちでもっとも有名なのが第1曲の「水の反映」です。
 

この曲を3年前のお盆休みにわが家のピアノ(ヤマハC3A)で弾いたときの映像をYouTubeに上げてあったんですが、こちらのblogでは一度も紹介したことがなかったことをおもいだしたので、今日はそれを。
 

わたしは高校1年になってからピアノを練習し始めたんですが、ちょうどそのちょうど頃に、テレビでピアニストの野島稔さんがこの曲を演奏されているのを偶然に観て「世の中にはこんな素敵なピアノ曲があったのか!」「ドビュッシーすごい!天才!」とめちゃくちゃ感動し、いつか自分も弾けるようになれたらイイなぁ・・・とずっと想い続けて練習してきた曲です。
 

最初の出だしの和音がちょっと濁ってしまうなど、ところどころ音を外してはいるものの、致命的ミスを犯して止まってしまったり弾き直したりすることはなく、ゴマカシながらも何とか最後までたどり着いたという感じなんですが・・
 

まあ、幸い誰もが知っているほど超有名な曲ではないので、この曲をよく知らない人が聴けば、弾けているように聞こえるかも・・ということで。。(^^;)
 

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ストラヴィンスキーのことば

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音楽はその本質からして感情、態度、自然現象ほかいかなるものも表現しえない。


※20世紀最大の音楽家のひとりといわれる

 イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882〜1971:ロシアで生まれアメリカにて歿)のことば




 
次の絵はパブロ・ピカソが描いたストラヴィンスキーの肖像画
Pablo-Picasso-Portrait-of-Igor-Stravinsky.JPG


つぎもピカソですが、1918年に作曲された「11楽器のためのラグタイム」の楽譜の表紙を飾る、一筆書きによる2人の楽士
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ピアノも達者で、指揮、作曲とマルチな才能を発揮した音楽家でした。
1930.jpg

あまり有名ではありませんが1924年にピアノ・ソナタも作曲しています。


なぜこの言葉を採りあげたか、またストラヴィンスキーの音楽について、もうちょっと突っ込んだことを知りたいという方は、こちらのページに紹介されている、ストラヴィンスキーが亡くなった際の作曲家・伊福部昭さんの談話などご覧になってみてください。
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鈴木清順さんの『陽炎座』のこと


映画監督の鈴木清順さんが2/13に93才で亡くなられました。
 
松田優作さん主演の映画『陽炎座』(1981年)を観て
清順さん独特の美学にはじめて触れたのは、
まだわたしが進学塾で小中学生を教えていた30才を過ぎた頃でした。
 
1980年に公開された映画『ツィゴイネルワイゼン』とともに
狎興舂フイルム歌舞伎瓩半匆陲気譴襪海箸梁燭い海虜酩覆蓮
登場する人たちがみな生きているようでもあり死んでいるようでもあり、
時間を行ったり来たり、とっても不思議なストーリー展開で
・・というか、通常でいうストーリー的なものは無いに等しいんですが、
とりわけクライマックスといえる陽炎座の芝居小屋崩落シーンは圧巻で、
わたしにとって忘れることのできない映画です。
 
なぜこういう映画に惹かれるかについて、ここでくわしく書く余裕はないので、
生い立ちについて触れたこちらの記事などをごらんください。
 
この2作についてもう少しちょっと詳しく知りたい方は、
佐藤モリユキさんによるこちらの記事など参考になるかもしれません。
 
陽炎座のハイライトシーンがYouTubeに上がっていましたので、
2作の予告編とともにご紹介することで
ご冥福をいのりたいとおもいます。




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凶、大凶の日々が続いています

水火既済


昨年の元旦から始めた1日1卦をずっと続けているんですが、

2月になって体調が下降してからは
天地否、沢天夬、天水訟、山地剝、水山蹇・・・続々と凶とされる卦が。
 

また、本卦では64卦の中で比較的良い方とされている卦が立ったときでも
変爻で凶、大凶とされている卦が出ることも少なくなく、
2月にはいってからは全体のなんと6〜7割が凶または大凶という
大須観音のおみくじのような状況です。笑

でも、大須観音の・・・といっても、このローカルネタは
名古屋に縁のある一部の人にしかわかりませんね。

こちらのblog記事など参考にご覧下さい。
 

とりわけ昨日は水沢節の三爻変、
今日は沢風大過の三爻変がでて、棟木撓む・・凶!
まさに自分の現状が浮き彫りになっているなぁとおもったんですが、
易ってホントにフシギです。
どうしてわかるんでしょうねぇ・・。
 

まあ、「禍福は糾える縄の如し」とのことわざどおりで、
生きていて良いことばかりってことはないけれど、
悪いことばかりがずっと永遠に続くということもありません。

沢風大過の卦辞は、
棟(むなぎ)撓(たわ)む。往(ゆ)くところに利あり。亨(とお)る。
とあり、
棟木がたわむほどの乗るか反るか、大変な状況なんだけれど、
こうした難所を乗りきってゆくことで道が拓けていく、という意味になるので、
今が正念場というか、辛抱のしどころなのでしょう。
 


さて、最近は
「井上さんがfacebookに毎朝アップされているあのサイコロっていったい何ですか?」
って聞かれることが増えてきました。
 

今年になってから、易の本随とされる水火既済の卦が3回立ったんですが、
その3回がいずれもわたしにとって大切な日ばかりだったことに気づいて
(→1/24は寺子屋塾創立&結婚記念日、2/6は父親の誕生日、2/21は高校時代の親友の命日)
これも何かの巡り合わせなのでしょうね。
 

それで今日は、主治医の豊岡先生から奨められた
河村真光『易経読本 入門と実践』から
この「水火既済」の意味について触れたところをご紹介しようとおもいます。

河村さんはこの書のなかで、易の本質を理解するのに
勝海舟の回顧録『氷川清話』『海舟座談』を奨められているんですが、
あわせて読まれるといいかもしれません。



●水火既済

水火既済の既済とは、既(おわ)り済(す)む、すなわち完成・完結を意味する。済という字は、川を意味する水(氵・さんずい)と音をあらわす斉(さい・せい)の合字で、川を渡る、成し遂げる、終わるを意味する。

それにしてもこの既済(完結)の次が未済(未完成)なので、易の構成は皮肉にも最終回が未だ済(な)らずの未済となる。ともかく64卦は既済と未済でもって完了する。ただしそれはあくまで表面上で、実質的には再び乾・坤に戻りそこから新たに始まるのである。見落とせないのは、この両卦は明らかに全64卦の総括であり、易の真髄がここには端的に要約されていることである。

変化の書である易は、ものはみな循環して止まないとする、これが即ち第一義であり最も基本的な概念である。だから易の作者は、この世には何一つ完結などはなく、極みに到達したということは、取りも直さずすでに下降に入ったことを意味し、終わりは即ち始めとなるとみなすのである。

・・・中略・・・

・・・要するにこの世のからくりとは、ある意味ではこの世の真の象でもある。何一つ完結するものがなく(未済)、しかもすべてが緊密に絡み合ったまま(既済)、どこまでいっても解きほぐすことのできない、いわばこの世の独特の構造(既済=未済)である。ともかく人間は、それを背負って死ぬまで生きなくてはならない。

私たちはみなそれを知っていながら、あからさまに認め、直視する勇気がないので、いつも目をそらしている。だが、この水火既済というのは、それを人はみとめなければ、いくら救いを求めても如何ともしがたい、ただそれを言っているのではないか、と私にはおもわれるのである。

では実際に占ってこの卦を得たなら、どのように解釈すればよいか。表面的な事柄にまどわされず、隠された本質に目をそそぐこと。求める答えは意外なところにひそんでいるかもしれない。うわべや見かけだけに惑わされてはならない。


河村真光『易経読本 入門と実践』(光村推古書院)より

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庄司薫の小説四部作のこと



今週は2/16木曜夜につんどくらぶ(本を読まなくても参加できる読書会)があるので、今日は読書の話題を。
 
今では自他共に認める本大好き人間のわたしですが、本をたくさん読むようになったのは、高校生になってからで、小中学生の頃はそんなに好きだったわけではありません。

わたしが高校生になってから本を読むようになった理由は二つあります。
 
その一つは、高校1年のときに同じクラスになって親しくなった友人が1〜2日で1冊、年間で300冊近く読むぐらいの読書家で、その友人から影響をうけたこと。
 
そして二つめは、高校2年生の春に自然気胸という病気になり、1ヶ月以上自宅で安静にしてなければいけないという状態になったことです。
 
病気になって寝ていると、できることって本を読むことと音楽を聴くことぐらいしかないんですね。

高校生の頃に読んで今でも印象にのこっている本はいくつかありますが、なかでも庄司薫(1937年生まれ)は、その当時のわたしの心を最もとらえ、著書をバイブルのように持ち歩き、何度何度も繰り返し読み返した作家でした。
 
なぜ、それほどまでに彼の作品がわたしの心を捉えたのか、当時はよくわからなかったし、その後もものすごく彼の影響をうけたと意識したり、彼の本に書かれていたことをおもい出したりするシチュエーションもそれほど多くあったわけでもありません。

でも、この歳になって改めて思い返してみて、彼の作品には「爆発的に増大する情報洪水に押し流されずに生きるには?」「あたり前の日常生活の中にこそ答えがある」など、今日の情報社会を予見し、いまのわたしが土台にしている基本姿勢が脈々とながれていることにおもい当たり、自分の人生の方向性というのは、実はあの頃から定まっていたんだなぁと気づいた次第です。

彼の代表作「赤頭巾ちゃん気をつけて」が芥川賞を受賞したのは1969年ですから、もう48年も前のことです。
 
ちなみに、昨年7月に亡くなられたピアニスト・中村紘子さんは、庄司薫の奥さんで、お二人は1974年に結婚されたんですが、出会ったきっかけは、「赤頭巾ちゃん気をつけて」に中村紘子さんが実名で登場していることだったとか。
 
彼は予定していた続編3作「白鳥の歌なんか聞こえない」「さよなら快傑黒頭巾」「ぼくの大好きな青髭」を書いていわゆる「赤・白・黒・青4部作」を完成した後は、予告通り文壇からは総退却 (?)し小説らしき作品をほとんど発表していません。
そういうこともあり、おそらく今の10代、20代の人たちには、庄司薫といっても名前を知っている人はごく少数で、彼の作品を読んでいるという人はさらに少ないことでしょう。

4部作の小説は、いずれも60年代から70年代の日本の安保闘争、高度経済成長期という時代を背景に、薫くんという主人公の男の子の、ある意味どうでもいいようなふだんの日常を描いていて、終始饒舌とも思える口語体の平易な言葉で書かれています。
 
しかし、それらの小説は、時を経ても風化することなく、根強い庄司薫ファンに支えられ、新版が出される度に新たなあとがきが付され(2012年に出た新潮文庫版4冊には「あわや半世紀のあとがき」がついています・写真)、今なお読み継がれてきたのは、未来を見通す先見性と、時代を超えた普遍的テーマが潜んでいるからではないかと。
 
ちなみに、4部作のタイトルにすべて赤、白、黒、青という色の名前が入っているのは、四神(四方位の守り神)のことで、南の朱雀(すざく)、西の白虎(びゃっこ)、北の玄武(げんぶ)、東の青龍(せいりゅう)を意味します。
 
これだけでも、庄司薫という作家がタダモノではないという感じが伝わるのではとおもうんですが。

いま10代20代の若さまっただ中にいる皆さん、とくに男性諸君!に読んで欲しいですね。
 
そういえば、以前このblogで『赤頭巾ちゃん気をつけて』のラストと、『ぼくの大好きな青髭』から薫くんのセリフを引用して紹介したことがありましたので読んでみてください。
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正岡子規の俳句



ふ ら で や み し 朧 月 夜 や 薪 能    正岡子規


COMMENT:今年のお正月明け1/7〜9に四国に家族旅行をした際に、松山市の正岡子規記念博物館を見学しました。写真はそのとき手に入れた子規自筆の俳句短冊レプリカです。この句は1899年(明治32年)子規が31歳のときの作。

 
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